宗教家のすがいんです。

他人の目が気になるっていうことがありませんか。そのことについて思うことを書いてみたいと思います。
他人の自分に対する目が自分の中心に
わたしも今でこそ少なくはなりましたが、以前はとてもありました。他人の目を気にする自分、ということです。
他人の目を気にする自分、書いているだけでも少し嫌な気分にもなるのですけれども、これ、やめなさいと言われてもやめれらるというモノでもないなぁと今でも思います。
わたしの場合はどうだったかなぁ、どうして少なくなったかなぁということを思いますと、「 まだまだ未熟なわたしの意見なんて言わないほうがいい…… 」と、自分の考えを押し殺していたように思います。つまり自信がなかったんでしょうね。
自分で自分のことが信じられない。けれども他人もそんなに信じていなかったと思います。自意識も強かったですし。自信もないのに自意識は強くて……「 俺だって本気出せばやれる 」が口癖でもありました。
今思うのは信じ方も知らなかったようにも感じますが。じゃあどうして知るようになったか、やっぱりお取次をいただき教えていただく中でその何とも言えない周りの目が気になる心は次第に落ち着いてまいりました。整っていったという表現が合っているように思います。
どうして?と言われてもコレというものもないのですが。言葉にするなら師に受け止めてもらった経験が大きかったです。神さまにはもちろんそうなのですが、肝心なのは生身の人間に丸ごと受け止めてもらうということだろうと思います。

