2013年11月30日土曜日

助かっている風


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


助かっている風
助かっている風

助かっている風

ご信心させていただく中、御神仏( 金光教では御霊ーみたまー )にすがる中、「本当の助かり」とかよく耳にしますが、単純に、人を助けたいと思える心、ここが、わが心に生まれるか否かのように思っています。

教祖さまは、

私にも欲がある。世界の人を助けたいという欲がある。

教祖さまのみ教え

と、仰られました。

我情我欲は、僕たちを苦しみに誘います。

欲望の行き着く先……、そもそも欲というものが尽きることのないものだからだと思いますが。

それでも、人を助けたいという欲は尽きることなく沸き出でることはありがたいことかと思うようになりました。

タイトルにも掲げましたが、「 助かっている風 」は、ご信心をさせていただく中( むしろいただいてない方へ )自分の助かりにとどまっている状態かと思います。

そういう方は助かった時点で、だいたいが教会を離れます。中心が自分と言いながら、自分が定まってないのだから。

金光教では、脱退や脱会に、まったく縛りがありませんから去る者追わずであります。

けれども願ってますが、いつまでも。神様がお引き寄せ下さった、ご縁をいただいた方々ですからね。そういう面ではものすごいお詫びもします。はい。

人を助けたい心になれていないものを「なれ」と言うのは非常に酷なことですが、それでも子孫繁盛家繁盛のおかげを目指すのなら、一度、自身を点検されてもよいかと思います。

自分の助かりで十分といわれる方は先々、何に喜びを見いだすのでしょうか。じっくりと話してみたいものです。

いかがでしょうか。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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