2013年9月30日月曜日

やりましょう、難しい方を


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


やりましょう、難しい方を
やりましょう、難しい方を

やりましょう、難しい方を

便利なこと。とてもありがたいです。様々な場面で、使わせていただいたり、見せていただいたりしています。

道具や、交通手段も。買い物も今はネットで。それから、人との対話や、信仰を伝えることも言えますね。いろいろとあります。出来てきました。

ただ……。便利なことは、ありがたい一方で大変さを失う、いかがでしょうか。

交通手段にしても、今まではこれだけ時間がかかったのに……よく聞く話です。

聞けば聞くほど、昔を知らない僕からすると、「 そんなこと言われても知らんがな 」と思ったりもしますが、それだけ大変な思いをして、思いをしたからこそ そのことを伝えたいのかなと、そんなことも思ったり。

ここが大切な所と思います。大変な思いをして伝えたくなる想い。

当時は、普通だったのでしょう。大変だけれども致し方なしで。大変さも楽さと比較できない分、そこまでではなかったのかもしれません。

現在と比較するから「 あの頃は大変だったなぁ 」となる。すべては今思えばの話です。

それでも、大変だったのは事実ですし、時間を費やしたのも事実。

その上で、それらの大変なことをやろうと思えた、成し遂げられたその思いが、大変なことに向かっていくその姿勢が、心が、今明らかに欠如しているのかなと 感じます。我慢できない時代。

便利さを求めるがあまり、大変なことをやろうとしない心。待てない。

ある会合で「やりましょう、難しい方を」と聞いた。

やった先に、やった人しか分からない、心の充実感が得られるのではと。

いかがでしょうか。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑨|宗教家の書くブログ 亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑨

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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