2013年7月17日水曜日

手放そうとしている人


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


草木で言えば、根を離れるということ。

今日は「 神様を手放すこと 」について書いてみたいと思います。

なかなかすんなりいかないと……

ご信心。させていただいていても、なかなかすんなりいかないのが、実際であったりしますね。

一番もったいないことは、なかなかすんなりいかないのを理由に、ご信心を手放してしまうこと( 神様を手放すと同意 )だと思うのです。

してもしてもすんなりいかずに、「 意味あるのかな~ 」と、忙しい日々を送る中で考えるその気持ちも、よーく分かります。ご信心させていただくのにも、時間もかかりますし、幾ばくかのお金だってかかりますもの。

関わりある人が、目の前でいよいよ手放そうとしている姿を見ますと、もったいないと思いますし、何より可哀想ですし、そして申し訳ない気持ちが生まれてきます。

僕もご縁をいただき、今、金光教の教師として御用させていただいております。

僕の周りの方もまた、そういうわけで、御縁をいただいているわけですね。氏子もそうですし、妻もそうです。

そんな中、どんどんどんどん、すんなりいかなくて尻つぼみになって、とうとう「 やめたい 」「 やめます 」と言われる方もいて。

「 親 」を抱く

神様は、親神様と呼ばれているように、僕たち人間の「 親 」であると、そう教えていただきました。

また、産みの親をありがたく思えれば自然と神様もありがたく思えてくる、とも。ずーっとつながっているのです。

信心を手放すということは、それは、親から離れるということです。

草木で言えば、根を離れるということ。それで、どうして育つことが出来ますでしょうか。

ご先祖様からずーっと、ずーっと続いている「いのち」です。

神様・親・先祖に背を向けるというのは、結局は根を否定し、枝葉である自分を否定することにつながるのですから。手放した後、なかなか喜びからは、遠ざかるような気がするのです。

とまぁ、理屈で言えばそんな感じですが、なかなかそれぞれの環境によりけり、親をよく思えない人もいるでしょう。

そういう人は助からないの……と言えば、そんなことはありません。まずは、魂の親と成りうる取次者( 僕のお役です )に話を聴いてもらうことをオススメします。魂の親についてはこちら↓

魂の傷|すべては親からの愛が不足しているから|宗教家の書くブログ 魂の傷|すべては親からの愛が不足しているから

おわりに

まずは、自分ひとりで抱えないことです。

手放したら、試合終了。そこからは何も発展することがありませんから。まだ策はありますので。

それぞれにあった「 親 」を見い出し、そうして先々、お互いが喜びを見出し続けられるように。そして、その喜び、その生き方が、子や孫、周りの人へと派生しますようにと、願っております。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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