2013年6月5日水曜日

宗教家として


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


宗教家として
宗教家として

宗教家として

宗教家として、何度も同じことを言ったりしています。

当然、聞く方も大変でしょうが、話す方だって根気がいるものです。

けれども、大切だと思うから、相手にとって必要だと心底思うから、話し続けます。

以前、ある氏子から金光教の先生の話はみんな同じ味付けと揶揄されたことがあります。

一般に言われていましたが、僕に対して言われていたことも自覚しております。

仰るとおり、僕はその言葉を素直に受けとめて、違う味付けになるようにと努力しました。

そんなことを続けながら、最近感じるのは、表面的な味付けは同じでも、深みが増せば感じ方も違うのでは、そう思うようになりました。

話の構成( 表面的な味付け )を考えるよりも、話の構成に囚われるよりも、もっともっともっと僕自身が氏子を通しておかげいただいて、喜んで喜んで、言葉の深みを増してやればよい、そう思うようになりました。

同じことを淡々と繰り返すことも、稽古になります。同じことを同じように繰り返す中で、人は毎日変わるわけでして、僕もあなたも、願っていけば、神様は必ずおかげに変えてくださるのだということを信じています。

評価的な揶揄が出るようでは、その氏子自身が助かっていない証拠にとも思います。こちらにも落ち度はあれども、わが心がありがたいと感じないのだから。

有無を言わさない、神様の大みかげをここから、いただいていきたいです。

おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと|宗教家の書くブログ おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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