2013年2月24日日曜日

死んでも終わりじゃない


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


死んでも終わりじゃない
死んでも終わりじゃない

死んでも終わりじゃない

今朝ほどある信徒が亡くなられました。

一般的には、生きている間が人生の全てで、死んだ後は「 終わり 」と認識されているように感じますが、ことご信心をさせていただくと、何ら終わりがないことを教えていただけ、理解できることと思うのです。

これは非常に大きいことです。なぜならば、死を怯えている人がこの世には大勢いるから。。

死んだ後はどうなっちゃうの?死ぬまでには何をどうしたらいいの?などなど……。

金光教ではこうです。死んだ後は、御霊みたまの神様としてお働きになる、です。

これには故人の生前中の行いも、もちろん大切なのです。教祖さまは、

生きている時に神になっておかないで、死んで神になれるか。

教祖さまのみ教え

と教えてくださっている通り。また、

人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出てきておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずけっていぬる

教祖さまのみ教え

と教えてくださっている通り。

とも。だからこそ、残されたご遺族、周囲の人の行いもまた大切だと思うのです。

故人もいつ亡くなったか自覚していないのではないでしょうか。「 俺、死んだのか 」という状態のように感じます。その状態から御霊の神様として自覚するためには、残された者、只今生きている者が自覚させてあげることが必要なんじゃないかなぁと思っています。

考えてもみたら、誕生日もそうですよね。『 ○月○日俺は産まれてきた 』ってハッキリと言える人など居ないと思います。周りの人に祝ってもらって自覚するのではないでしょうか。死んでも同じこと。

御霊様みたまを生かすも殺す( 忘れてしまう )も残された人次第と強く感じますね。

どうぞここからの願いを持って、残された遺族親族と接しさせていただきたいと思います。

わたしの思う『 御霊観 』について……[ 金光教編 ]|宗教家の書くブログ わたしの思う『 御霊観 』について……[ 金光教編 ]

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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