2013年1月25日金曜日

生きている間


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


生きている間
生きてて良かった。死ななくて良かった。

生きている間

最近よく数年前のことを思い出します。あのとき、あの人がいなければ……ということ。

今思えば、大したこともなく、きっちりと、しっかりとさせていただいておれば防げたことなのかもしれませんが、当時はもう心の底からやる気が出ずに、ただただ時が過ぎるのをうずくまり待っていました。そう、終わりがない感覚の中で。

そうして、いざ一歩一歩と歩みはじめてみても、今までの流れはいきなりには変わるわけもなく、それこそ周りと衝突しながら、何が何でもという気持ちでした。

教祖さまは、

みな、神の分け御霊みたまを授けてもらい、肉体を与えてもらって、この世へ生まれて来ているのである。そうしてみれば、この世を去るのに苦痛難儀をするのは、人間の心からのことである。

神様からお授けくださった体がこの世を去る時、痛いかゆいがないよう、ただ年病みのゆえというように長生きをし、孫子まで見て、安心して死ぬのが、神の分け御霊をいただいている者のすることである。

金光大神の教えを守れば、末を楽しみ、安心してこの世を去ることができるから、若い時に信心して元気に働いておいて、そのようなおかげを受けるがよい。

教祖さまのみ教え

と、教えてくださっています。

当時の自分の心にあった境界線に信心があったかは分かりませんが( 多分なかったと思います^^; )、今、言えることは生きてて良かったということ。誤って死ななくて良かったということです。

妻の存在、子の存在、両親、それから兄妹……参りくる氏子と触れ合う中、心からそう思えます。

これが生きている証拠、生き甲斐というものなのでしょうか。そう思えるのです。

おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと|宗教家の書くブログ おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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