2017年8月5日土曜日

あなたの歯車かみ合っていますか?


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


あなたの歯車かみ合っていますか?
あなたの歯車かみ合っていますか?

今日は「 神様に使っていただく 」ということについて書いてみたいと思います。

あなたの歯車、噛み合っていますか?

神様に使っていただく……。実際にどういうことかと言えば、まずは自身のおかげ( 健康・財・人間関係・etc… )をいただき続けないと使っていただくも何も始まりませんから、そうして自身のおかげをいただき続けるのが一つ。

そしてその次に、その身をもって神様の願いである人助けに生きることが、神様に使っていただく、ということだろうと思うのです。

神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神様を使うばかりで、神様に使われることを知らない。天地金乃神様は人を使わしめになさる。神様に使われることを楽しみに信心せよ

教祖さまのみ教え

僕が思う神様に使われるイメージとしては、神様が大きな歯車でまずは存在していて、例えれば僕も含めて人間一人ひとりが小さな小さな歯車で、その歯車が神様の歯車とかみ合って回り始めることこそが、神様に使われることなのかなぁと思ったりしています。

だから、自分で回っているようで、すべては『回してもらっている』ような感覚なのです。これが俗にいう「生かされている」にも通ずるのかと。

段階があること

ここで大切なのが、まずは歯車が噛み合わないといけませんから。噛み合うのが前提条件ではあるのですが、勝手に噛み合うものでもないと思うのです。

とかく、神様とは遠い所で生きられている方は、この歯車が回っていたり回っていなかったり、どこか不安定なのでは、そのようにもイメージしています。

ご先祖様の「」を持って、無自覚的に歯車が噛み合っていたりすることもあると思います。これは、本人が望んでいなかろうとも。

まぁ、ほっといて勝手に歯車が噛み合うかというとそうではないのだろうなぁと、そのように思うのです。

徳切れ」などとも言われます。これはもう、歯車が完全に外れた状態でしょうね。

この状態ですと、調子がいいときは良いのです。調子が良いとは、風が吹いているイメージ。自分で回しているようで、風に吹かれてクルクルと自然に回っている状態。

けれども、次第に風はやみますから、そのときです。歯車を回すことがどうにも困難になるのでは……と。これが無信心であったり、徳切れのサイン。そう思います。

だからこそ、信心が大事で願うことが大切なんだと思います。願いとしては「 神様、どうぞ使ってください 」です。その願いがあってはじめて、神様との歯車がかみ合ってくる、そう思います。

で、もう一つ大切なことが。これには順序があると思っていて、まぁ一般企業をイメージしてもらえたら分かりやすいかと思いますが、どのような状況の時、自分の身を使ってほしいと思うのか。

それは言うまでもなく、『 この人( 経営者や上司 )のためなら 』そう思えたときではないでしょうか。

神様も同じことです。使ってもらいたいというのは、それだけ神様からのおかげをいただいているという自覚が生まれた時にはじめて、この神様に使ってほしいが出てくるのだろうと、そんなふうに思います。

おわりに

段階があるのでしょうね。だから、神様のおかげが何たるかを知らない人( 感じ得れない人 )に、神様に使ってくださいは所詮は通じないと思っています。

まぁ、今何かで悩んでいたり、苦しかったりするのであれば、おそらくそれは神様の歯車とは噛み合っていないのだろうなぁとも思いますので、自己チェックするのも大切かと。

神様との歯車が噛み合っている状態。それはもう、日々の御用が「 淡々 」とですから。今日の命を神様にいただいて、その命を神様に使ってもらう、ただそれだけなのですから。

いかがでしょうか。

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 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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