2017年6月4日日曜日

【 不安・心配 】のない世界へ


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


【 不安・心配 】のない世界へ
成長する過程で【 不安・心配 】を自らに抱えてしまうようになるのでは?

今日は「 神様のイメージ 」について書いてみたいと思います。最近思ったことをつらつらと。点と点が繋がりつつあります。あくまで理解の上で。最終的には、【 不安・心配 】のない世界へ、ということになります。

支配力を持ってるのは誰?

ある記事を見て、、、

赤ちゃんは生まれた瞬間に、親や兄弟、ご近所さん、その周辺にいる人間の時間を奪う。

皆が「この子は弱いから、守ってあげないといけない」という共通認識を持っているからだ。

キングコング西野オフィシャルダイアリー『 弱さがもつ支配力 』より

「 支配力 」って、権力とか財力とかを思い浮かべますけれど、もっと身近にあると。それが赤ちゃんが持っているものだと。そうすると、誰もが一度は持ったことのあるものになる。これはイメージしやすいですね。

それで、次に4歳5歳になると、今度は親が手を差し伸べようものなら「 いいっ! 」「 自分でやる 」ってなります。

一般的なこの成長過程で親は見守っていくことになるのですが、西野さんもブログで言われているように、ここで、親の手が離れていくことで赤ちゃんは支配力がなくなっていく、『 クオリティーと支配力が反比例している一例 』と言われています。

そして、人は成長していくわけですが、どうしてか生き辛くなっていくわけですね。支配力がなくなって……。今度は不安や心配が増えていって、生き辛くなっていく。

それは、一言で言えばわが物にしているからだということです。

教祖様のみ教えをいただきます。ある氏子が建築の無事を願った時に下げられたご理解です。

この大地も、その他の物も、みな神様の物であるのに、わが物である、わが金ですると思い、神様にお願い申さずにする

教祖様のみ教え

物も金も一切合切すべて神様のものと思えたら楽なんです。他人事に聞こえるかもしれませんが、でも無責任ではない。言うならば赤ちゃんのような感覚。必死に生きようとしているけれども、すべてはわが物ではないですよね。

だけれども、人は成長する過程でわが物にしていくんです。知らず知らずに、良かれと思って。

【 私の 】を【 神様の 】に

わが物にしていくって何でしょうか。身近な例では、家族とかですね。【 私の 】妻とか、【 私の 】夫とか、【 私の 】息子とか、【 私の 】娘とか、もう書いているだけで『 何とかしなきゃ感 』が迫ってきます。

家や財産、その他周りのものはどうでしょうか。【 私の 】家、【 私の 】車、【 私の 】貯金、【 私の 】借金、借金は手放したいでしょうか^^

それから【 私の 】仕事とか、僕で言ったら、【 私の 】教会とか。この教会も自分が運営するとなると、『 何とかしなきゃ 』になるのでしょうね。それはやっぱり苦しいことです。生き辛くなると思います。

では、どうしたら……。

これまでの【 私の 】を【 神様の 】に変えられたら楽ではないでしょうか。たちまち『させていただく』になりますから。

生き易くなると思うのです。簡単に書いてますが。難しいですが、不可能ではないと思います。

そして点と点がつながったところですが、赤ちゃんは、【 神様の 】とは自覚していないけれど【 私の 】とも絶対に思ってない。

だから、あれだけ安心しきって、身を任せきって、それでも一生懸命に生きている。生きようとしている。それを周りが保護しているわけです。包み込むように。

だけれども、ずっと赤ちゃんのままでもいられないですから。その支配力はいずれ消えるんですよね。そして、成長の過程で【 私の 】が出てくるはずなんです。

先ほどの4歳5歳の「 いいっ! 」「 自分でやる 」も【 私の 】が出てきている代表例でしょうね。【 私の 】やるべきこと、てな具合に。

ココです。注意すべきはココココで自己責任化してくるんです。大抵の人が。だから途端に生き辛くなる。【 私の 】だらけになってしまう。

受験にしろ、就活にしろ、結婚にしろ、子育てにしろ、何の後ろ盾もなくなって【 私の 】だらけがこびりついてしまって、そしてそれがあたかも大人になる印であるかのように、周りの圧力も相まって思いこんでしまうのではないでしょうか。

事実、僕はそう思いこんでいました。大人なんだからアタリマエなことだと。でも違いました。それはただただ生き辛いだけのもので、必死に守るべきものでもなかったのです。

ご信心をいただけば、神様と出会います。神様のいる世界はそんなもんではありませんでした。絶対の安心感がありました、絶対の安心感が想像できました。それこそ赤ちゃんのそれのように。

それを与えてくれる存在こそが神様なのだと。それが僕の「 神様のイメージ 」です。赤ちゃんからの成長過程を思い返していく中で、点と点が結ばって線になっていったのです。

ある先師は、教祖様が縋られた同じ神様に縋ることが出来たなら、『【 不安・心配 】が一切無くなる』と言われたそうです。

一切です。もう【 不安・心配 】というものがこの世に無い、かのように。それが教祖様が縋られた神様に縋るということ。

それはイメージとして、今まで周りにあったたくさんの【 私の 】を【 神様の 】にすることで、そうすることで【 不安・心配 】は一切なくなるということになって、ただただこの命を使っていただくということになって、そうなりたいなぁと思うようになったのです。

おわりに

まだまだ遠いです。不安・心配、まだまだあります。でも……、頭では分かりました。どれだけ、今周りにこびりついている【 私の 】をとってやれるかで変わる。

【 不安・心配 】のない世界、いかがでしょうか。ご興味ある方は、ぜひご信心を。

問題を抱える子、その原因は親にあり。|宗教家の書くブログ 問題を抱える子、その原因は親にあり。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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