2017年3月10日金曜日

あなたの神様を信じる度合いは?


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


あなたの神様を信じる度合いは?
あなたの神様を信じる度合いは?それが本当の願いですか?

今日は、神様を信じる度合い、願い方について書いてみたいと思います。

神様信じてる?

ある願いがあったとします。その願いを口に出して言うとき、決まって「大丈夫かな」「さすがにこれは無理だろうな」とか、頭に浮かんだり、そんな経験はないでしょうか?

これは、いよいよで神様を信じていない、神様を低く見積もっているんだろうなぁと思います。

――いくら神様でも、これは無理でしょう、だから、このぐらいなら……。

言葉にしたら、そういうことです。そこまであからさまではなくても、内々そのように思ってしまっていることが多々あるなぁと思います。

自分の心の中を見ても、氏子のお届けを聴かせていただいていても……。

信じさせてあげたい

教祖さまの氏子に対しての想い( 姿勢・態度 )は『 信じさせてあげたい 』でした。

氏子が心に抱く、神様の信じる度合いをよくよく分かっていたから、教祖さまは、『 信じさせてあげたい 』という表現になったんだろうと思います。

信じさせてあげたい。決して、信じられないあなたが悪いんじゃない、神様に手を合わせられないあなたが悪いんじゃない。その辺もよくよく分かって、信じさせてあげたい、なのだろうなぁと。

この理解がないと、氏子の手元を責めてしまうことになります。おかげがいただけないのも、あなたの信じ方が悪いから、と。あなたが神様を信じてないからだ、と。

これでは興ざめです。本当は、心の底から信じさせてあげたい、そう思っているのに、そうしてここまで共にお育ていただいてきたのに、いよいよで相手の心情を見誤ると、責めるような言葉になってしまうのだろうと、自戒の意味も込めて、そう思います。

誰だって、最初はおっかなびっくりです。神様と言われても「本当に?」これが普通ではないでしょうか。でも本当なんです。

そして、ご信心が進めば進むほど、自分の浅はかさが見えてくるのもご信心のオモシロイところです。それが上にも書いた、神様を見積もってやいないかどうかということです。

願いを聴いてたら、一瞬で分かります。「 あぁ、躊躇してるな 」と。「 本当は、このようにお願いしたいんでしょ 」と聞くと、首を縦に振る。次に「 でも…… 」と続く。

信じさせてあげたい、です。願わせてあげたいなぁと、心から思うわけです。

おわりに

ご信心されている人も、そうでない人も、神様、信じてますでしょうか?

僕もどうなんだろう。一日、一日、自問しております。人にとやかく言いながら、自分は神様のことを低く見積もってやいないかしらと、自問する日々です。

容赦をすな。鐘は打ち割る心でつけ。太鼓はたたき破る気でたたけ。割れも破れもせぬ。ただ、その人の打ちよう、たたきようしだい。天地に鳴り渡りてみせよう。

教祖さまのみ教え

いかがでしょうか。

条件付きで信じるということと疑うということの密接な関係|宗教家の書くブログ 条件付きで信じるということと疑うということの密接な関係

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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