2017年1月1日日曜日

ご信心、つながってナンボ


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。


ご信心、つながってナンボ
あけましておめでとうございます^^

平成29年度の元日を迎えさせていただけました。そして元日祭を仕えさせていただきます。

ここまでの諸々のお繰り合わせに厚くお礼申し上げたいと思います。

ご信心、つながってナンボ

[ 初参拝者数 15名 ]

これはH28年に、この教会に新たにお参りされ実際にお取次をいただかれた方の数。H27年度が26名でした。本当に、一人ひとり、ありがたいことです。

何がありがたいかは、参拝のご縁をいただかなかったら、命がなかったかもしれない氏子たちだったと、心から思うからです。神様の願い、ここから助かるんだ、ということを強く想わせていただいています。

今回感じたことですが、昨年感じたそれとは、また違った印象を受けました。

それは『つながり』ということです。

『つながり』ということ

平成27年にはじめてお参りされた方が平成28年もまた、ちょこちょこお参りが続いているという『つながり』。

それから、いまお参りされている氏子の子( 子孫 )がはじめてお参りされた『つながり』。これは平成27年にはなかったので、新たな喜びでした。

また初参拝とは関係ないですが、長年教会にお参りされている氏子の『つながり』の凄さを想います。ここまでお育ていただきつながっている難しさを、あらためて感じました。

最近よく思うことですが、ご信心、つながってナンボだなぁと。

当然、ただつながればいいのではないとは思いますが、それでもつながっていたら策( 改まるチャンス )はあるわけですから。とりあえずつながってた方が良いですよね。つなげていく、そのための工夫を、努力を、命ある限りですね。

つながるためには、やはり中身が必要です。

昨年のグッピー( ※教会誌 )の巻頭言で「 パッケージと中身 」について記しましたが、中身( 取次者・メッセンジャー )の改良は、もちろんこれからも必要と思っております。これは多分、一生。

また手にとってもらえるように。そして中身を手にとった氏子が末で、中身を提供する側になってもらえたら、それはまたつながっていくわけですから。そんな願いが日に日に強くなっております。まずは私からです。

月日が経つのは早いもので、座り込みも3年目を迎えさせていただきました。

数ヶ月前には、これまでにない体調不良から「私の心がどこに向かっているのか」を、まざまざとお気付けいただきました。座れないほどの不調を経験し、ここでも日々の御用の『つながり』を思わせていただいたわけです。つなげるためには自身もつながっていないといけないのだという、アタリマエのこともあらためて。

おわりに

最後に、今年の抱負ですが、『つながり』は意識しつつ、4年目以降のことをじっくりと考えさせていただきたいと思っております。

具体として、平成30年からは、この3年親先生に代わって行ってもらっている外の御用をさせていただくことになるわけですが、出来る限りで整理したいと思っています。

そして、この先もずっと結界取次に専念できるような体制を構築したいと願ってます。結界取次こそが、何を差し置いても取次者である私のやることだと、この想いが年々強くなってきておりますので。

すべてはお願いさせていただきながら。

まずは今年一年。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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