2016年9月29日木曜日

魂の傷|すべては親からの愛が不足しているから


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


魂の傷|すべては親からの愛が不足しているから
どんな私でも、親には受け入れてもらえると、心から思えますか。

今日は「魂の傷」について書いてみたいと思います。金光教では、魂のことを分け御霊様わけみたまさまと呼んでいます。字の通り、神様から御霊みたまを分けてもらっているということ、人はそもそも神様の一部ということですね。

魂が傷ついているとは

一言で言えば、「喜べない」だと思います。同様にありがたいとも思えません。すべてにおいてです。

命をいただいていること、衣食住をいただいていること、人間関係をいただいていること、財をいただいているということ、おかげをいただいているということをです。喜べないんですね。

何かに不足を見つけては、アラを探しては嘆いている。心当たりはないでしょうか。僕は大いにあります、ありました。

それはただ単に、「 喜ぶことの大切さ 」を知らないだけかと思うかもしれませんが、僕の場合、それを知っても喜べない自分もいたりして。

正しそうなことに、歯向かうんです。抗うんです。嫌な気持ちが溢れてくるんです。そうして、そんなことを思う自分が嫌になってきて、それはもう、グルグルグルグルと。

あぁ、何か変だなぁと感じてはいました。その原因が「親からの愛」なのだと気付かせていただいたのです。身を持って。

親から愛されてますけど……

このブログで、何度も触れています。親からの愛。それは親が居たとて、感じられないものは感じられないのです。

それは子のせいなの、と言われるとそうでもないなぁと思いますし。親の歩み寄り方もあれば、そもそも、その親がどう愛を受けてきたのかにもよります。さまざまですが、結局は愛情が伝わっていないのです。

信念や覚悟も無い袖は振れない|宗教家の書くブログ 信念や覚悟も無い袖は振れない

親が子にどういう想いで接しているのか、もっと言ったらその親が、また親( 祖父母 )に対してどういう想いで接してもらってきたのか……。

一生懸命は違うと思います。誰だって一生懸命に、実の子に接するとは思いますし。そうではない何か。それが「どんなあなたでも受け入れます」という揺るぎない親の姿勢、これが親からの愛なんですね。

この辺りが連鎖反応を起こしているのだろうと思います。このままでは抗えない大きなうねりのように感じるとも思います。

人はしてもらったことしか出来ない

師の言葉

これもまた、親からの、かけがえのない存在である親からの、してもらったことが大切なわけですね。それを上手く受け手である子がキャッチできなければ意味がない。

親が発信できないのは、もってのほかですが、発する側にしろ、受ける側にしろ、してもらって知らないとうまくいかないわけですね。

そうして知らず知らずに魂が傷ついてくるわけです。寂しい、一人ぼっちと。そんな想いがフツフツと湧いてくるんです。

実際に、親は居るのだけれど、つながってない。つながっている感覚もない。ありのままを受け入れられているとも思えない。いつも条件を付けられているようで、ビクビクしている。ちゃんとしなきゃ、しっかりしなきゃ、とやればやるほど生活もから回ってきて……。

それはもう、魂が傷ついている証拠でありますが、ようは親とつながっていないからであり、ひいては神様ともつながっていない、地に足がついてないような感じなわけです。

じゃあここで、「 あれ、私ってもしかして魂が傷ついているのかなぁ 」と感じたとしても、実際に肉親がこの世にいない場合だってあります。そのときはどうしたら良いのでしょうか。ここで、親には三種あると教えられています。

  1. 血縁の親(生みの親)
  2. 人間の親(天地の親神様、命の授けの親)
  3. 魂の親(取次者、親先生)

師の言葉

僕は3つ目にある、取次者とりつぎしゃとしてのお役をいただいています。魂の親から愛を受ける。育て直しをいただいたらいいのです。

育て直されて...|宗教家の書くブログ 育て直されて...

おわりに

愛情が不足しているということは、子どものまま成長が止まっているとも言えます。順を追って人は育つのでしょうから、苦しむのも無理もないと思います。

愛情をいただくべき時期に、しっかりといただいていたならば、問題ないことかと思いますが、今度は受けても現せなければ、意味がありません。

親の愛のことを教えていただいて、そのことに思いを馳せなければまた、子が「魂の傷」を負っていく、繰り返されていくのかと思っています。

親になるというのも心してかからないといけないということですね、「 命がけ 」とも教えられておりますし。子を所有物としないことです。どこまでも神様からの預かり物としての自覚も必要ですね。

現状、苦しまれている方が「魂の傷」のことを少しでも感じたならば、まずは親からの愛をしっかりと受けて、肉親が難しいのであれば取次者でも良いですし、そうして愛情を受けた後、その愛を心して子に伝え与えていくということで、あなたの命が活きてくると僕は思っています。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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