2016年8月23日火曜日

命の使い方を知るための世間知・人間知|ご信心いただけば知りたいと思えるのでは


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


命の使い方を知るための世間知・人間知|ご信心いただけば知りたいと思えるのでは
流れゆく日々の中で

今日は「 何を知れば生きやすくなる?」について書いてみたいと思います。命の使い方についても。

世間知・人間知

人生は流れていきます。油断しているとアッという間に。そこで流されてしまって、流されたあと被害者のようにブーブー言わないためにも、自ら率先して考えていくということが大切だなぁと思い始めています。38歳にして、ようやくですか。死ぬ前で良かったです。

それにはまず世の中の仕組みを知ることです。それから人間を知ること。ひいては神様を知ることではないかなぁと思っているのです。神様を知れば自ずといろいろなことを「 知りたい 」「 知らねば 」と思えるのではと感じるんですね。

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さて、それもこれも、どうやったら知れるのでしょうか。それには人に会うことだと言う人がいます。いやいや旅に出ることだと言う人がいます。どうなのでしょうか。

僕に合った生き方

そもそも人嫌いは人に出会おうとしません。旅嫌い( 人混み嫌い含む )は外に出ようとしません。実は僕も人混みダメなんですね。皆に合わせて初詣に川崎大師なんか行っていましたが、それはそれで楽しかったのですが消耗が著しかったです。遊園地の類も、できたら……。

そういう人たちからすると、先のアドバイスは何の意味も持たないばかりか、もう生きる希望を見失わせ、より内へ内へと潜らせることにはなりはしないでしょうか、と思うんです。「 僕はみんなとは違う。僕は変なんだ。 」と。

ここでオールマイティーなのが参拝だと思うんです。まず内省が出来ます。静かに自分を見つめるということ。

金光教のご信心をわが心が自覚する前に、高校生の頃でしたが、僕は一人で渋谷にあるお墓に行くのが好きでした。入口付近に大きな仏像が納められた建物があって、その前にはおみくじがあって( 一度も引いたことありませんが… )、ベンチのようなものがあって、そこに座ってボーっと大きな大きな仏像を眺めているとなぜか、心が落ち着いたんですね。

そういった、自分のこれまでをふり返るためには、また自分は何者かに触れるためには、神仏に触れられる静寂な場所へと行くことは、誰もに必要なんじゃないかなぁと。今では金光教の教師となってそれは確信めいた想いに変わっております。

私の周りを流れている時間|宗教家の書くブログ 私の周りを流れている時間

そして僕はその静寂な場で、お参りされた方々の話( お礼も、不足も、愚痴も )を聴くわけですが、どうやら人の話を聴くのも苦ではありませんし、天職ですね。命の使い方がここにありました。ありがたいです。

おわりに

人には得手不得手がありますから、わが人生、いろいろと試した方が良いかと思いますが、その選択肢はいっぱいあったら良いかなぁと思っています。

僕が今こうやって知ることが出来たのも、親も含め先人の伝えようという熱量が今僕の心に入っているわけですから、どうやらそういうふうに連鎖していくものなのではとも思っています。誰かの先人になればいいんです。ここにも命の使い方が。

いただいた命です。毎日のように「 死にたい 」「 消えたい 」と言い続けている命もあるわけですね。その方たちの命の使い方が少しでも見つかるように、そのためにお手伝いとして僕の命も使っていただけたらと思っています。

「 死にたい 」「 消えたい 」と言っている人たちが「 生きてみよう 」と思えたら心底嬉しいですし、それが神様への唯一のお礼になるのですから。

そのためにもやっぱり、世の中の仕組み、人間を知ることですね。これは、ご信心いただいたら自然と知りたいと思うようになると思うんですよね。助けたい対象が人間ですし、助けたいと思っている僕も変わらずに人間なのだから。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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