2016年7月4日月曜日

お取次は怖い|炙りだされる怖さについて


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


お取次は怖い|炙りだされる怖さについて
炙りだされる怖さ……

今日は金光教の代名詞でもある『 お取次とりつぎ 』、そのお取次の怖さについて書いてみます。

炙りだされる怖さ

いきなり「 怖い 」と書くとものすごく抵抗があるように思うかもしれませんが、お取次「 怖い 」です。

どう怖いのか。わたしが思う怖さは「炙りだされる怖さ」です。

どういうことかと言うと、自分が自分のことなのに気付いていなかったことを気付かされるんです。それは良いじゃないかと思われるかも知れませんが、実際は結構しんどいですよ。

ときには生活スタイルを変えざるを得ない場合もありますし、ときにはどうしようもない自分だったんだととことん思い知らされることもあるからです。ヘコミもします。

自意識過剰タイプなわたし

どちらかと言うと、わたしは自意識過剰のタイプだったと思います。

世の中を斜めに見る癖が今でもありますし( 落ち着きつつありますが… )、ある意味素直なんですが、とことん疑り深い面もあったりで。対人関係でも付き合いにくいだろうなぁと自分で思ったことも何度となくありました。

それはつまり、相手のことをいよいよで信じられなかったり、とどのつまり自分自身を腹の底から信じていないから、信じられてないから、物事全てが懐疑的で、疑って腹を立てては一人疲れていました。

そういう煮え切らない想いをですね、お取次では飲み込んでくださったなぁと。今でも飲み込み続けてくださっているなぁと心から感じるのです。もう大海のごとく清濁併せ飲む感じです。ゴ~っと。

だから心も、それから現れる性格も柔らかくなりましたね。以前と比べてですよ。柔らかくなったなぁと自分でも思います。

そして柔らかくなった心と共に、昨日のブログにも書きましたが、物事の見方、捉え方が変わりました。そういう意味では多面的に見れる様になったなぁと思います。これはすごく楽になりました。生きること自体が、です。昨日のブログはこちら。

苦しいと感じるときは物事を一面性で見ているから|宗教家の書くブログ 苦しいと感じるときは物事を一面性で見ているから

それでもですね。怖いんです。取次をいただくのは。お取次いただいて助かった~ハイ終わりとはならないんです。

一生が修行ですから。修行というと辛さをイメージしますが、言わばおかげに上限がないということですね。もっともっと神様のお役に使ってくださる、すると命が生きるということになるのです。イキイキとする。

そうとしてお取次いただくと、今までコツコツと積み上げてきたものを根底から覆されたりしますので、一瞬で、やっぱり恐怖だと思います。でも魂は納得していますからね、自然とイキイキとしてきます。これがお取次怖いけどお取次いただく( いただき続ける )という意味です。

おわりに

ふみこむことが大事

師の言葉

師にはじめていただいた言葉です。あれから7年。まだまだここからも怖いですがふみこませていただきたいと思います。

取次者とりつぎしゃ( 伝導者 )のわたしが自身のお取次( 自己の改まり )にふみこむことこそ、それが氏子の助かりに繋がる。氏子が助かり続けていく王道だと信じています。

今ではそれがわたしのお役、使命とも感じているのです。わたしの変わり度合いで、神様からの使われ度合いも変わってきますからね。こちらもどうぞ。

言葉に嫌われると 相手の耳には届いても決して心にまでは届くことがない|宗教家の書くブログ 言葉に嫌われると 相手の耳には届いても決して心にまでは届くことがない

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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