2016年6月1日水曜日

10mの木には10mの根がある。私が目に見える木ならば、○○は根となる。


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


根に支えられて、私という木は立っていられる。

今日は夫婦について書いてみます。わたしが結婚させていただいたのは2007年ですから、もう9年になります。

結婚50年の『 金婚式 』は有名ですが、9年目は陶器婚式というそうですね^^こちらのサイトで知りました→結婚記念日の数え方と呼び方|ぐるなびウエディング

意味も書いてありました。~陶器を大事に扱ってヒビが入らなかった~、と。なるほど。。大事に扱ったかは出来る限りではありますね……^^;

夫婦というもの

さて、夫婦というのは見ての通り対です。対。対になってはじめて夫婦となります。そのことをある言葉から強く感じるようになりました。

1mの木には1mの根がある。10mの木には10mの根がある。50mの木には50mの根がある。そう樹医が語るのを、昔テレビで見たことがある。

私が目に見える木ならば、○○( 奥様の名 )は根となる。根に支えられて、私という木は立っていられる。

師の言葉

だから……、わたしは立っているようで、立てているようで、実際は違うのですね。この言葉に触れて以来、わたしの根である妻の見方が変わりました。

実生活では、二人の子の育児を全面的にしてもらっています。( 御用下がってから手伝いますが、比率としては9:1、1もいってないかもしれません……^^; )

この妻の支えあって、そうして、はじめてわたしは『 お結界 』という場に朝から晩まで座れているのだと、心の底から思えるようになり、自然と感謝の気持ちが溢れてきています。感謝、感謝です。

根によって立っている

教祖さまは、教祖になられる前、農民でしたので、植物に例えられて教えてくださることが多かったのです。農家の信者も大勢いましたので、それは分かりやすく教えてくださいました。たとえば……

木のもとへ肥料をやれば枝振りまで栄える。先祖や親を大切にすれば繁盛させてくださる

教祖さまのみ教え

これも非常に分かりやすいみ教えと思います。

木のもと( ここでは土壌 )を大切にすることが大きなイキイキと育つ木を生む道理ということです。木のもと( 親や先祖 )を受け入れられない人も多くいるとは思いますが……。

その木のもとの中に、根[ 妻( 女性なら夫 )]も当然含まれるということですね。もとですから。

総じて、自分は、自分自身で立っているようで、様々な力添え( 土・根 )をいただいて立たされているというのが本当のところかと感じます。これが信心でよく言われる生かされているにも通じるのではと思いました。

おわりに

根をいただいて立っているということですね。その根をどれだけ意識できるか、どれだけ想いを寄せられるか、それによって人生の深まりも違ってくるのだろうなぁということをあらためて感じています。

今日は夫婦について、「 木 」と「 根 」の教えから感じたことを書いてみました。

根、それから木のもと、感じられない人、この世にたくさんいらっしゃると思います。少しでも感じることが出来られますように。。

元気なときに地固めを|宗教家の書くブログ 元気なときに地固めを

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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