2016年6月17日金曜日

参拝しないといけないの?お取次を受けないと助からないの?


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


参拝しないといけないの?お取次を受けないと助からないの?
教えを知るというよりは「 受け止める 」「 受け止めてもらう 」ということ

今日は金光教での助かりについて( あくまでわたし的に )書いてみたいと思います。

取次とりつぎ

まず、金光教の代名詞、切っても切れないお取次とりつぎとは……

取次とりつぎとは、金光教の教祖・金光大神によって始められた、参拝者の願いを神に届け、神の願いを参拝者に伝えて、神と人が共に助かる生き方を求めていく本教の信仰活動の中心です。

金光大神は、安政6(1859)年、天地金乃神からのお頼みを受けられ、家業をやめ、人の願いを神に祈り、神の願いを人に伝える取次に、明治16(1883)年に死去するまでの24年間、自宅の広前( 参拝者の参り場所 )において専念し、難儀に苦しむ多くの人を助かりへと導きました。この神と人を結ぶ取次によって助かりを得た人々は、武士、農民、商人、大名など各層にわたり、その教えは時代の経過と共に各地へ広がっていきました。そして、現代まで絶えることなく受け継がれてきています。

人は生きていく上で、さまざまな問題に出遭います。そのような時、教会に参拝し、取次を願えば、取次者はその内容を神様に祈り、それぞれの問題や状況に応じて、神様の願うあり方を分かりやすくお話いたします。そうした営みは、あなたにとってきっと生きる力となるでしょう。

金光教の本部及び全国約1500の教会の広前( 参拝者の参り場所 )では、日々、この取次が行われており、いつでも、どなたでも、自由に取次を願うことができます。

取次( とりつぎ )[ 金光教案内より ]

と、あります。この中で「 教会に参拝し、取次を願えば 」の部分で思うところを書いてみます。

参拝しないといけないの?お取次を受けないと助からないの?

参られる方、そうでない方も含めてよく聞かれることです。

参拝しないといけないの?

お取次を受けないと助からないの?

と、よく聞かれます。

というのも、時代が変わって、『金光教経典』という教祖様の教えが列記された書物も刊行されました。またインターネットの普及から、教祖様の教えはもとより金光教の歴史・思想についても伺うことは誰もが可能になったからの質問かと思います。

教えは教会に行かなくても分かるじゃん。教えが分かれば自分で祈る修行をすれば助かるんじゃないの?そもそも教会に来させるための口実なんじゃないの?ということかと理解しています。どうなんでしょう。

わたしの答えは参拝しないといけないお取次を受けないと助からないです。

なぜか……教えを知るというよりは「受け止める」「受け止めてもらう」ということが密接に関わってきていると理解しているからです。

信念や覚悟も無い袖は振れない|宗教家の書くブログ 信念や覚悟も無い袖は振れない

教えを知っただけでは( 受け止められた末に感じる )は感じません。感じられないと思います。を感じなければ助かった……とは言い切れないと思っています。

おわりに

人はしてもらったことしか出来ない

師の言葉

愛情をかけてもらった( と感じる )経験がない人は親にすらなれないのかもしれません|宗教家の書くブログ 愛情をかけてもらった( と感じる )経験がない人は親にすらなれないのかもしれません

してもらったことしか出来ない道理です。受け止められた( 愛された )経験のない人がどうして他人を受け止めよう( 愛そう )と思えるのでしょうか。たとえ心で思っていたとしても受け止め方( 愛し方 )が分からないはずです。

この感覚はどうしたって、参拝し、取次者にまみえ、肌感覚で養うほかないように思います。書物( テキスト )ではいかんともしがたいことかと。

これらがわたしが思う参拝の必要性、お取次を願う必要性です。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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