2016年6月5日日曜日

信念や覚悟も無い袖は振れない


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


信念や覚悟も無い袖は振れない
未経験には酷かと思います。ないところからは生まれないから。

親になるということを想います。子に対して責任( 信念・覚悟 )を持つということについて。

受け止めるという事の重要性

自分のことがとことん嫌いで受け止めることが出来なかったわたしは、ある先生にまるごと受け止めてもらって「 受け止める 」という事の重要性を身をもって知りました。

これが親なのだ、とも教えられ、腹落ちしている状況です。

そして「人はしてもらったことしか出来ない」という教えもまた、まさにそれで、世間で言われている「 良いこと 」や反対の「 悪いこと 」だって、「 受け止める 」経験がなければそれを行う( 止める )ことすら難しいのだなぁと感じるようになりました。

たとえば虐待。虐待はいけないと言われもしますが、虐待された親がまた子を虐待してしまうことがあります。ここには厄介なことに愛情が関わっているとも教えていただきました。こうする( 虐待 )ことが「 愛する 」ことだとか、こうされる( 虐待 )ことが「 愛されている 」ことなのだ、という理解になってしまいかねないということをです。これはわたしは未経験ですので、実際には分かりえませんが、「 受け止める 」経験を持ってして想像することは出来るようになりました。

だから、虐待の真意を知っていたとて、本当の「 受け止める 」ということを知らなければ( ここでの知るは経験しているということ )、他人( 子を含む )を「 受け止める 」ことすら分からない、出来ないのではと、当事者のことを想います。

いくら言われても……

だからわたしもそうでしたが、認知が歪んでますよ~( 世間一般からズレていますよ~ )といくら言われても( わたしの場合は「なんでそういう受け取り方するかなぁ」でしたが…… )、その歪んでいることを本人は分かってるんです。分かっているからこそ辛くて泣きました。

でもですね、「 受け止める 」ということがいよいよのいよいよで分からない( 未経験だ )から、わが道を行くのですね。

わが道を選んで進んでいるというよりは、それしか選択肢がなく、そうするよりほかになかったようにも今は思います。

それが「受け止める」経験を持ってして変わってきた。急にではありませんでした、徐々に徐々に。気付けば思考が落ち着いてきた。

未だに人の言動を歪んで捉えてしまうふしもないとはいえませんが、それでも落ち着いてきたなぁと感じます。ありがたいことです。

で、ここからですが……これは親の責任だ、これこそが親が担う役だと思うようになりました。

子に対しての親の責任。無責任な親が多いから苦しむ子がいっぱい出てきている。現に出てきている。

でも、それは「 どうしようもない 」ことなのだなぁと思います。思いますが、「 どうしようもない、もうダメだ 」と諦める必要はなく、ただ一つ「 受け止める 」という経験、つまり「 受け止められた 」と親自身が感じることによって状況は変わってくると確信しています。

そしてわたしはそのお役を担っております。宗教家( 金光教教師:取次者 )として「 受け止める 」立場におります。

だから、本当に「 受け止める 」ということを教えてもらえてよかった。これは親としてももちろんそうですが、宗教家としての意見でもあります。

宗教家として「 受け止める 」ということが分からないままだったら、経験がなければ、知らなければ、「 教祖さまはこう教えてくださっていますよ。ね、だからあなたも…… 」それしか言えなかったように思います。

これは、ある先師の伝えです。

( 前略 )[ 教祖さまに対して ]あたかも親が子を抱くような慈愛に満ちたお心持ちで迎えてくださったので、すっかり恐れ入り、此方こそと思いこんで信心さしていただくようになった。

片岡次郎四郎の伝え

おわりに

慈愛じあいを調べてみると、[ 常にいつくしみをそそいでかわいがる心 ]とあります。常にですね。常にです。

繰り返しますが、未経験には酷かと思います。ないところからは生まれないから。

注がれた経験のない人( 端から見たら注がれていたとしても当人が感じていないも含んで )は注ぐことが出来ません。

注ぎ方が分かりません。度合い( 時間の長さ、関係性の深さ。どこまで注げばいいのか )も分からないでしょうから。

今苦しんでいる人が渇望しているもの それは受け止めてもらったという自覚ではないでしょうか|宗教家の書くブログ 今苦しんでいる人が渇望しているもの それは受け止めてもらったという自覚ではないでしょうか

「 受け止める 」という事の重要性について書いてみました。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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