2016年5月6日金曜日

無信心という不思議な生き方をする人たち


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


無信心という不思議な生き方をする人たち
命や、エネルギーや、魂はどこからいただいているのでしょうか?

困ったときの神頼みと言います。字のごとく困ったときにだけ神様に頼むというもの。

これはこれで全く頼まないよりは良いのかもしれませんが、教祖さまは信心がない生き方を不思議な生き方と表現されたのです。

人間は人間らしくすればよい。何も求めて不思議なことをしなくてもよい。

教祖さまのみ教え

毎日毎日別け隔てなくいただいているおかげ

信心させていただくようになると分かってくることがあります。

まずは

朝、目覚めなければ死んだも同然ですから、目覚めたことがありがたいのだ、ということが分かりました。アタリマエではないということですね。

それから、空気や、人間を生かそうとする働き、これも分かるようになりました。

そしてもう一つ、人間の魂です。金光教では分けていただいている意味合いから魂のことを分け御霊様わけみたまさまと呼びます。

これらの働き( おかげ )、命や、エネルギーや、魂はどこからいただいているのでしょうかね?

……それは、神様です。

分かりやすく「 神様です 」と断定的に書きましたが、神様と捉え生きていくのが信心だと思います。( 実際神様だと思います。ほかに何かあるんでしょうかね。自然の法則の自然って何なのでしょうか、それが神様なのではと思うのですが。 )

普段は知らんぷり。おかしくないですか。

で、ここからですが、神様からそれだけのおかげをいただきながら、普段は知らんぷりしているというのが不思議な生き方となるのです。( 知らなかったというのが大半だと思いますが )そう思われませんか。

でも大体の人がそういう生き方になってるんですね。だからどんどんと苦しくなってきている。

無礼ぶれいなんですよ。無礼。礼が無いと書いて無礼ぶれいと読みますが、その通り、礼が無いんですね。毎日毎日の。礼を尽くせばありがたくなってくるんです。次第に。そう思います。

毎日の礼がなく苦しんでいる何人もの方に言いました。「 どうすればいいですか 」って、「 あなた不思議な生き方してますよ 」と。

信心とは無縁の人からしたら「 宗教 」とか「 信仰 」とかこれらの怪しげにうつる行為は、困った人が、特別な人がやるものだと思われがちですが( ご多分に漏れず金光教の教会で生まれたわたしも思っていた時期がありました )、このこと( 毎日いただいているおかげ )が分かればどちらが不思議か一目瞭然ですよね。

わたしはこのことを丁寧に手取り足取り、一つひとつ教えていただき、生活に落とし込み実践し実感するにいたりました。

おわりに

そうして、これらを未だ知らない人に、知らずに苦しんでいる人に伝えるのが、わたしのお役目だと感じるようになったのです。まずは、困ったときの神頼みの方たちには特に。

おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと|宗教家の書くブログ おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと

わたしは宗教家ですから、「 人に伝えて知ってもらって助かってもらうんだ 」と、違和感無いように聴こえるかもしれませんが、誰もにこのお役は当てはまるように思っているのですが、いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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