2016年5月9日月曜日

【 動画を見て 】平等をしてもなお現れる人間の身勝手さ


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。

ある動画を観ました。すごく考えさせられました。

平等?

一見、不平等は平等にした方が良いように思います。思っていました。そうすれば苦しみが無くなる一助になると。食べられない人には食べられるように。服を着られない人には着られるように。でも……


【 動画を見て 】平等をしてもなお現れる人間の身勝手さ
いろいろな人がいる中での平均?平等?

この動画を見て考えさせられました。平等にしたとしてもなお不満が出てくるということがあるのですね。

学校の例えがすごく分かりやすかったです。皆が同じ制服を着ているのに、同じ授業を受けられているのに、不満は出るし、その不満がイジメにもつながっているかもしれません。何に不満が?何かに不満は出てくるのです。平等にすることで、一つにまとめるような、その中での不満、です。させられているというのも大きいかもしれませんね。

動画の中では「小さな抵抗」と表現されていましたが、制服なら着方をアレンジしたりと、髪型もそうですね。それも不満の現れです。

勝手な生き物

まさに人間とは勝手な生き物だなぁとあらためて思いました。

人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出てきておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずに駆けっていぬる。

教祖さまのみ教え

こうしてもああ言うし、ああしても、こう言うし。

はぁ~と溜息も出ましたが、じゃあどうしようかと、宗教家以前に一個人としても考えさせられました。

わたしの中での課題は、人間の比べるという性根ですね。わたしの中にもまだまだあるように自覚しています。

比べる心、ライバル視など、良いところもあるように言われもしますが、それが苦しみを生むということも分かっています。

だから一時も油断できないとも。その性根を見ずに環境を整えてもうまくいかないなぁということがよ~く分かる動画だなぁと思いました。

そもそも性根ってどうしようもないものなのでしょうか。そんなことはないと思います。

動画の最後は「すべての人間は少し弱くて、少しずるい。そこにどこまで向き合えるかが大切」と締めくくられていました。

これ、もう信心そのものです。でも、想像してください。これ一人では難しいんですよ。そう思いまんか。

元来、人間が勝手ですからね。一人で本やネットか何かで勉強してやろうとしても、所詮我流ですから。自分の納得できるところしか受け入れられないですし、受け止めようとしないから、それも勝手です。心の成長も小さいのだろうと思います。

だから取次者とりつぎしゃの必要性を感じます。一緒に。一生涯、ずーっと見続けてくれる伴走者、親です。取次者を通して神様を感じていくこと。

金乃神様から人体を受け、御霊を分けていただき、日々天地の調えてくださる五穀をいただいて命をつないでいる。昔から、天は父なり、地は母なりというであろう。天地金乃神様は人間の親様である。此方の信心をする者は、一生死なぬ父母に巡り合い、おかげを受けていくのである

教祖さまのみ教え

親( 神 )に常に見てもらっていると、安心感と同時に、「 こんなことをしたら親が悲しむだろうなぁ 」という良心が働くであろう緊張感のようなものも、見られていることで感じるのではないでしょうか。

いつだって守ってもらえる|宗教家の書くブログ いつだって守ってもらえる

おわりに

twitterで流れてきた動画。ちょっとだけ見ようと思ったら、面白すぎてとうとう最後まで見入ってしまいました。53分あります。

さすがに話し方も上手です。こんな話だと聞いている方も楽しいんだろうなぁと、思いました。内容はもとより、話し方もすごく勉強になりました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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