2016年5月21日土曜日

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑧


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。

先日の記事「亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①」からの続きです。亡き祖父の本『愛と真 優しさと厳しさ』より抜粋したものをアップさせていただいてます。今日は⑧回目。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑧
『 愛と真 優しさと厳しさ 』5集に綴られています。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑧
こちらは『 須賀院義雄師 教話集 』。

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第四集第四節「 ある家族の助かり 」

(3)翩翻へんぽんひるがえる八つ波の教旗

翌朝、九時になって、ぽいと目を覚まして起き上がり、朝ご飯と言っては何ですが、昨夜のうどんの残りを、さらさらと頂いて「 わしは、今からパチンコに行くぞ 」と言い出しました。それを聞いた奥さんは「 ああ、そうですか。お父さん、どうぞ、パチンコに行ってらっしゃい 」と言って、送り出しました。今までなら「 親父、何を言うか。また、パチンコで遊ぶのか 」と思うところですが、私が「 重病人に対しては、看病が大事だ 」ということを常に申しておりましたので、その時は何も言わないで「 どうぞ、パチンコに行ってらっしゃい 」と言って、夫を送り出すや否や、御神前に「 男が敷居を跨げば、七人の敵が待っているといいますが、あれだけの御無礼を働いている夫が、どういう怪我過ちがあってもなりません 」と、お願いしたそうです。しばらくしてから、教会にもそのことをお届けに参りましたので、私は「 よう、そう言ってくれましたねえ。よく、あなたが神心になって、お父さんを迎えてくれましたねえ。あなたが、御主人にそのような受け答えをして下さったことに、親神様がどれほど、お喜びになられてるか、分かりません。よく言ってくれましたねえ。私からも、お礼を申し上げます。パチンコに行ってもよろしい。どこへ行ってもよろしい。御主人が何を言ってもよいから、もうしばらくは、言う通りにさせて上げなさい 」と申しました。

パチンコに行った主人は、手ぶらで帰って来ましたが、二日目には、キャラメルとか駄菓子を袋に入れて、子供たちに持って帰って来たのです。奥さんは、教会へ毎日そのことを、報告がてら、お届けに参っておりました。私は「 パチンコに行っても、決して、昔の古傷に触ってはいけませんよ。御主人は病気で、危篤状態であるのだから、わがままを言わせて、しっかり親神様にお願いをいたしましょう 」と、申し上げました。

四日目のことでございます。主人は、アルミニュウムの分厚い弁当箱( 土方弁当箱と申しておりました )を、奥さんに差し出し、どこでどういうようにして工面して来たのか、お米を二升と、お金二百円を添えて「 わしは、明日から弁当を持って行くぞ 」と言いました。奥さんが「 ああ、そうですか。お父さん。明日から弁当を持ってパチンコですか 」と言いますと、主人は「 馬鹿言うな。わしは、明日、弁当を持ってパチンコに行くのじゃない。明日から、働きにいくのだ 」と答えました。奥さんは、びっくりして「 ああ、お父さん、働きに行くのですか。どこに行くのですか 」と聞きましたところ、主人は「 今日は、パチンコに行かないで、ずっと、あちらこちら職探しに歩いたところが、丸子電鉄の臨時線路工夫募集の張り紙を見て、その会社に行ったら『 あなたのような年齢の人なら、採用します 』と言うので、臨時だけども明日から線路工夫に雇われることになった。だから、弁当を持って働きに行くのだ 」と答えました。夫の言葉を聞いた奥さんは「 ああ、これこそ神の声だ 」と思い、弁当箱を抱えて台所へ行って泣いた、ということです。「 有難うございます、有難うございます。生神金光大神様、生神金光大神様。うちの主人が、この弁当箱を提げて、働きに行くと言ってくれました 」。真に有難さが込み上げてきて、涙が溢れて溢れてしかたがありません。真の有難みは、高い所に留まっていては、湧いてこないのです。どん底から、お詫びを申し上げ、どん底から神を拝んだ時に、真に有難しという思いが起こるのでございます。教祖様のみ教えに「真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり」というお言葉がありますが、それがこの奥さんが、本当に御主人を「 主人 」として、神の氏子として心から立て仰いだ時に、初めて「 真の有難さ 」が、胸に響いたのでございます。

その夜、大事に大事に弁当箱を抱えて教会に参り「 神様にお礼を申し上げてください 」とお届けされました。私は、その弁当箱を御神前にお供えして御礼申し上げました。その時、私は、「 親神様の綱というものは、どこにどういうように、張り巡らされているか分からない 」と思いました。このことについては、のちほど、また述べることにいたします。
( 続く )

*『 愛と真 優しさと厳しさ 』第四集第四節「 ある家族の助かり 」より。

あらためて文字にしながら読み返しながら、「真の有難みは、高い所に留まっていては、湧いてこないのです。」という部分に心打たれました。

どん底から、どん底から、そう思えたら、今の今、どうしようもないぐらいに悩み苦しんでいる人の希望になる、その悩みをお届けされ一緒に辛抱させていただいているわたし自身の希望になりました。

神様、須賀院義雄先生、ありがとうございます。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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