2016年5月19日木曜日

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑥


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。

先日の記事「亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①」からの続きです。亡き祖父の本『愛と真 優しさと厳しさ』より抜粋したものをアップさせていただいてます。今日は⑥回目。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑥
『 愛と真 優しさと厳しさ 』5集に綴られています。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑥
こちらは『 須賀院義雄師 教話集 』。

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facebookには投稿させていただきましたがあらためて……

祖父はわたしが金光教教師になる前に亡くなりました。わたしには偉大な取次者というより「 おじいちゃん 」でしかありませんでした。

ですから、ときには膝を付き合わせて一時間二時間と話してくれたこともありましたが、わたしの心は「 早く終わらないかなぁ 」というものでした。一生懸命だなぁとは当時のわたしも感じましたが。

けれども、わたしがそういう状態でも、わたしの中の魂(分け御霊様わけみたまさま)は受けていたのだろうと、今ハッキリとそう思えます。だから祖父( 祖父の伝えたかった、信心して助かって欲しいという熱 )はわたしの中に生きています。そう感じるのです。では、⑥回目です。

第四集第四節「 ある家族の助かり 」

翌日も午後九時ころ、そのHさん親子が「 ごめんなさい 」と言って、やって参りました。私は、その時、大変嬉しく思いました。「 ああ、よう来たねえ 」と迎え入れました。昨日に比べて、少しは落ち着いた様子が見られないこともありませんが、まだ、一日経ったばかりでありまして、天地の道理などを御理解するという訳には参りません。

私は、その時「 ことわざに『 女は弱し、されど母は強し 』と言うではありませんか。あなたも、この二人の子供が可愛いと思うならば、二人の子供が幸せになるように、母親としてあなたも強く生きて下さい。あなたが、憎んでも憎んでも飽き足りない夫は、この二人の可愛い子供にとっては、かけがいのない父親でありましょう。子供が可愛いと思ったら『 どうか、その子供のお父さんも、本当のお父さんになるように 』という心になってもらえないものだろうか。この子供たちのお父さんを救うのは、三千世界広しと言えども、あなた一人しかいないのですよ。どうぞ、私の願いと思って、この夫を真のお父さんに戻してあげようと、神様にお願いして頂けませんか 」と、申しました。ところが「 まだまだ、そんな気持ちになれません 」と言っておりますので、私は「 そうだろう、そうだろう 」と、うなずいていたのであります。

三日目の晩でした。午後の八時半ころ、参ってこられましたので「 ああ、よく来てくれました 」と、お礼を申しました。そして、奥さんに「 お父さんの所在を明らかにするよりも、一日も早くあなたの手元に戻ってくることを、私は願うのですが、願いが届いて戻って来た時は、その時は、あなたの迎え方が大事です。お父さんは今、重病人ですよ 」と申しました。ところが奥さんは「 いえいえ、先生、違います。うちの主人は、重病人どころではありませんよ。土方でも何でも出来るような、達者な身体ですよ 」と言います。私は「 それはそうでしょう。私の言うのは、土方でも何でも出来る身体であっても、肉体は丈夫であっても、心は重病人同様です。ましてや、三ヶ月も四ヶ月も半年も、家を遠のいて所在不明になるような夫は、普通の人の心とは違います。私の言うのは、身体が丈夫、達者であることを言うのではありません。心が危篤状態ですよ。この神様はねえ、病気直しの神様ではありません。心直しの神様ですよ。あなたの夫は、間違った心を持っておりますが、その心を取り戻すのが、神様のお働きですよ 」と、申し上げたのでございます。さらに、私は続けて「 病人というものは、とにかく、わがままを言います。お茶を持って行けば『 こんな苦いお茶を飲めるか 』、お湯を持って行けば『 こんなぬるいお湯を飲めるか 』、お粥を持って行けば『 こんなまずいお粥を食べられるか 』と、とたんに投げ出すような不心得をするものです。神様の氏子だと思って、あなたも、これから夫に会う時の取り扱い方を、私がお話し申すから、どうぞ、その取り扱い方を間違わないようにしてもらいたい。夫が玄関を入って来た時には、夫が憎い余りに、あなたが『 どの面下げて、おめおめと、この家に帰って来られたものだ 』と怒鳴っては、夫としても立つ瀬がなくて『 そんなに言われるのなら、また、出て行く 』と逃げてしまいます。ですから、あなたは『 憎い、憎い 』と思う心を、どうぞ水に流して、この重病人を取り扱って下さい。そこが『可愛いと思う心が神心』です。神心と書いて「 しんじん 」と読みますが、このお道では、神様の心になるということが、信心の目的でございます。その夫を可愛いと思う神心が、あなたに生まれた時に、向こう( 夫 )が引き付けられたようにして、我が家に戻って参りましょう 」と、どれだけ分かってもらえるかなあと思いましたが、このように申し上げたのでございます。

私方も布教早々のことでございますから、先程も申し上げましたように、わずかばかりのお米がお供えしてあればお米を、うどんがお供えしてあればうどんを、帰りに持たせて帰したのでございます。
( 続く )

*『 愛と真 優しさと厳しさ 』第四集第四節「 ある家族の助かり 」より。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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