2016年5月15日日曜日

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より②


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。

先日の記事「亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①」の続きです。亡き祖父の本『愛と真 優しさと厳しさ』より抜粋したものをアップさせていただいてます。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より②
『 愛と真 優しさと厳しさ 』5集に綴られています。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より②
こちらは『 須賀院義雄師 教話集 』。

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第四集第四節「 ある家族の助かり 」

その方の夫というのは、ずっと若いころから、仕事には飽きっぽく、どちらかと言えば怠け者で、職業と言っても三ヶ月と続かない人でありました。一ヶ月ほど勤めると直ぐ飽きて来て、転々と職場を替わりました。それで、親御さんたちも、ほとほと呆れて「早く嫁でも貰って所帯を持たせるのに限る。結婚すれば、少しは落ち着くだろう」と、こういう事になっての御縁かと思うのでございますが、ある人のお世話で岐阜県の田舎の農家から輿入こしいれしてきたのが、この御婦人でございます。それで次男坊なるが故に、少しの田畑を分けてもらって別家べっけしたのでありますが、勤めるとすぐに嫌になってやめ、親からもらった田畑を少しずつ切り売りしては、その金で暮らしてきた、という訳でございます。

奥さんとしては、こういうところに勤めており、これくらいの田畑がある、ということで見合いで結婚したのでございます。さて、一緒になってみて、初めてこの人は何と怠け者だろうと気付きました。親からもらった田畑も段々と減ってきて、売り食いしては、金に困ると、また少し働き出し、止めてはまた次へ行く、というようなことを繰り返していたのでございます。

こんなだらしない主人では、所詮、別れた方がよい、と何度思ったか分かりませんが、その時には、二歳になる「 S子 」という名の女の子と誕生前の「 S一 」という男の子の二人の子供が授かっておるのでございました。別れるのに別れられず、どうしたらよいかと思い暮らしたことでございます。よくよく金に困ると、しかたなく、奥さんは岐阜県の実家にお願いし、お父さんから、少しばかりのお金を送ってもらう、というようなことを繰り返しておられた訳でございます。

奥さんは、幾度か迷いに迷い、自分としては、幼い子供を二人抱えて働きに出ることもできず、近くにある工場の内職をしても、女の手では一日に三十円から三十五円くらいの稼ぎがせいぜいでございます。それくらいの収入では、親子三人が食べて行くということはできないのでございます。( 続く )

*『 愛と真 優しさと厳しさ 』第四集第四節「 ある家族の助かり 」より。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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