2016年5月23日月曜日

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑩


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳( @TSugain )です。

先日の記事「亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より①」からの続きです。亡き祖父の本『愛と真 優しさと厳しさ』より抜粋したものをアップさせていただいてます。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑩
『 愛と真 優しさと厳しさ 』5集に綴られています。

亡き祖父の教え「 ある家族の助かり 」より⑩
こちらは『 須賀院義雄師 教話集 』。

ブログを読んで書籍が欲しいなぁ~という方がいらっしゃいましたら、着払いでよろしければ無料で差し上げます( お送りします )。

お問い合わせ からか、こちらから( info@konkokyo-mk.com )、ご連絡お願いいたします。教会に取りに来ていただいても構いません。教会に眠らせておいても意味がないなぁと思いましたので^^⑩回目です。

第四集第四節「 ある家族の助かり 」

(4)この神様はいんちきではないですな

三ヶ月、四ヶ月というものは、瞬く間に過ぎまして、七ヶ月過ぎたある日の午後九時ころのことでございます。「 こんばんは、こんばんは 」と聞き馴れぬ声で呼ぶ人がありますので、玄関の戸を開けてみますと、腰弁当を提げて地下足袋を履いた、一見したところ農家の親父さんのような、あるいは土方稼業をするような格好をした人が立っていました。「 どなた様ですか 」と尋ねますと、「 わしは、Y代の亭主です 」と答えました。「 ああ、ああ、そうですか。あなたがHさんですか 」。思わず頭を下げて、私は嬉しくてなりませんでした。

私は、Hさんのご主人( H雄さん )が参拝されることを、奥さんと共々に御祈念していたのでございます。この七ヶ月の間、ご主人が参拝されることを待ち焦がれていたのです。親神様が、磁石が鉄粉を引き付けるように、御主人を教会にお引き寄せ下さった、と思うのです。「 さあ、さあ、お上がり下さい 」と申しました。ところが、「 いやいや、入らない。わしは今日は研究に来ただけで、お参りにきたのではない 」と言います。私は「 そうでございますか。それにしましても、この玄関先では研究といっても出来ませんでしょう。どうぞ、まあ、地下足袋を脱いでお上がり下さい 」と言って、上がって頂きました。私も、数多くの参拝の方にお会いしましたが、研究だからと言って参った方は、これまで無いのであります。しかしながら、私の嬉しさというものは、変わりません。ところが、向こうは研究だから、頭を下げるでもなければ、「 こんにちは 」でもなければ、御神前に向かって礼拝するでもありません。しかし、私も、この機会を逃しては、お取次を出来ないと思いました。向こうは無言で、六畳の柱にもたれて、胡座あぐらをかいて、お広前のあちらの掲示、こちらの掲示、また、御神前のお供え物などをキョロキョロ見回しておるのであります。私は、ぼつぼつと、人間の生き方、すなわち、我々人間が天地の親神様からこの身体を頂き、世の人のために役立つ身体として御用に当たるのが、人の道であるということを、教祖様のみ教えを交えて申したのです。しかし、向こうは無関心と言いますか、「 うん 」でもなければ「 すう 」でもなく、全く反応がないのであります。それでも約三十分くらいも、お話をしておりました。いきなり「 じゃ、今日は、これで帰ります。しょっちゅう来てもいいですか 」と言いますので、私も「 どうぞ、どうぞ 」と笑って言いました。

その人は一礼はおろか、挨拶もなく、すっと玄関を出て行きましたので、見送ってから、御神前にすぐ「天地金乃神様、生神金光大神様。研究とは言いながら、この御縁のお差し向けを頂きまして、ありがとうございます。どうぞ、これからの御縁を頂けますように。真の信心が分かりますように」と、お願いを申し上げました。

翌晩もまた、午後九時ころ「 こんばんは 」と、やって来ました。また、今日も研究においでなさったのかなあと思いながら、私は玄関の戸を開けました。Hさんは「 今日も研究だ 」と言いました。どうも、Hさんもいろいろ考えていいたようなのです。世間には、神を売って商売にする宗教が、現在、沢山あります。それで、Hさんは「 この金光様も、銭金で拝んでいるのではないか 」と懸念していたようなのです。この教会は、県営住宅ですので「 こんなみすぼらしいところで拝みをしているのは、いんちき宗教だろう 」と考えたのは、これも御尤ごもっともであります。デンとした立派な会堂や斎場がある訳ではありません。知らない人が、ある疑惑を持つのは無理もないこと、と思うのであります。「 一体、何の話をするのか、どんな教えをするのか。うっかり入信はしたが、インチキであったり、抜き差しならぬハメにおちいっては、折角の信心も信心疑りに陥り台無しだ 」という懸念があたのであります。事前の探りが向こうにあったから、研究にきていたのであります。したがって、二日目も無言のまま、約三十分くらい私の話を聞いてから「 今日も、これで帰る 」と言って帰って行ったのであります。
( 続く )

*『 愛と真 優しさと厳しさ 』第四集第四節「 ある家族の助かり 」より。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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