2016年5月11日水曜日

信仰心がもたらす表現の深みと無信仰の深みのなさ


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


信仰心がもたらす表現の深みと無信仰の深みのなさ
この作者は何か信仰されてるのかな?

ご信心をさせていただくようになり、神様を意識するようになり、確信めいてきたことがあります。そのことについて。

この人のベースは?

数年前でしたか、SNSを眺めていると、「 良いこと言っているな~ 」と思う人にメッセージを唐突に送ってました。「 きっとご信心されているに違いない 」という思いで……

「 何か信仰されていらっしゃいますか 」

思えば、この一言だけだと怖いですね^^;もちろんもう少し長文で。

『 嫌われる勇気 』『 幸せになる勇気 』作者の岸見一郎先生へも「 信仰は?」ではありませんでしたが、神の存在有無で行動が変わることがいけないとも書かれていましたので、神様を意識することについては先生はどうお考えですか、と恐れ多くも直接に。詳しくはこちら↓

アドラー心理学は宗教なのか|そして哲学と宗教の違い、真理とは……|宗教家の書くブログ アドラー心理学は宗教なのか|そして哲学と宗教の違い、真理とは……

単純に興味があったからです。興味があって面識がない方にこういうことが聞けるって、いい時代ですね^^( 応えてくださった方々ありがとうございました )

あらためて……この方の、言われている言葉は、何がベースに生み出されているか、ということにすごく興味がありました。

大半の方の答えが、「信仰っていうほどではありません、でも神さまは信じています。」というものでした。わたしはこれは信心だと思っています。我流になる恐れはありますが……

映画やドラマや楽曲も

一時期は映画やドラマのシナリオや、楽曲の歌詞などでも、「 この作者は何か信仰されてるのかな 」と直感的に、信仰心なくしては到達できないだろう表現の奥深さといいますか( あくまで私感です )、超越者を意識した作品だと、勝手に思ったからでした。

そのことを、ある宗教学者の先生に聞いてみたら、「 気になったら調べた方が良いです。私もそうしています 」と言われて、何作か調べたこともありましたが、そうそう信仰の有無まではたどりつけませんでしたが、その見方というのもオモシロイなと思っています。

この考えは未だに強くあります。あまり信仰ってどうどうと言わないですからね。そもそもこっそりやるものですし。

信仰を公表してる有名人でしたら「 あ~なるほど 」と感じるときもあります。だからこういう言葉が、と。

金光教では「 おかげは和賀心にあり 」ですね。おかげは周りにあるものではない、わが心がどう感じるかによるもの。

何がベースかということです。日本では平気で「 無宗教(No religion)」と言いますが、海外では驚かれるそうですね。「 No religion 」と聞いただけで人格を疑われるそうで。

この教会でも、それほどお参りもしてなかった信者の息子が海外留学で「 私は金光教です 」と言い放ったのもそういう海外の空気がそうさせたのかもしれません。

おわりに

宗教、信仰、ご信心、ありがたいです。表現、言葉、想いに深みが出ると思います。逆は( 無信仰は )浅いですね。そう思います。目に見えるものだけというのがやっぱり浅いと思いますね。想像力にかけます。

先ほど言った良いこと言う人や、映画やドラマや楽曲の作者のことも、真相は分かりませんが、深く感じるのです。わたしが信心させていただいているからそう感じるのかもしれませんが。

ある宗教学者は「 崖の上のポニョはホラー 」と言ってました。説明を聞いてからあらためて見ると怖ろしさを感じます。宗教色満載だなぁと思います。ジブリ作品は多いですね。以前『 となりのトトロ 』について書いた記事↓

森の神様|宗教家の書くブログ 森の神様

ご信心、ありがたいですね。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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