2016年5月4日水曜日

死んだ後のことが気になる人へ


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


「 死んだ後のこと 」ハッキリ言える人などいないと思いますが……

連日、電話相談で「 死にたい 」「 消えたい 」と耳にし、「 死 」を連想しない日はなくなりました。まぁ誰もが死と隣り合わせだということには違いないのですが。。

わたしも、たまに死んだ後のことを考えたりします。別に悲観的にではなく、単純にどうなるんだろう、どうなってしまうんだろうということを考えたりします。「 今日アレやろう 」とか「 あの人に悪い事したなぁ 」とかのこの思考とか、食欲とか、痛みだとか……、臭いも、感覚も……

死んだ後

金光教で教えている死生観(御霊観とも)は、ずーっと生き続けるというものです。生き続けるというより存在し続けるという理解です。以前御霊観について書きました。こちら↓

わたしの思う『 御霊観 』について……[ 金光教編 ]|宗教家の書くブログ わたしの思う『 御霊観 』について……[ 金光教編 ]

仏教的に言えば成仏しているのかしてないのか|荒ぶることと鎮まること|宗教家の書くブログ 仏教的に言えば成仏しているのかしてないのか|荒ぶることと鎮まること

人間は( 金光教では分け御霊様わけみたまさまと言います )と肉体が合致して動いていて、そうして考えもするし、痛みも感じるし、臭いもかげるし、という理解です。

ですから亡くなった暁には、肉体が分離して、肉体は土に( 通常、日本では火葬され骨壷に納められお墓に安置されますね )、そしてココです、ココ、、分け御霊様は存在し続けるということです。あらためて教祖さまのみ教えを。

死ぬというのは、みな神のもとへ帰るのである。 魂は生き通しであるが、体は死ぬ。 体は地から生じて、もとの地に帰るが、 魂は天から授けられて、また天へ帰るのである。 死ぬというのは、魂と体とが分かれることである。

ーー金光様、宗教がたくさんあっていろいろの教えがありますが、死んだら、魂はいろいろに分かれるのでしょうか。
そういうことはありはしない。死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、ぶゆが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くのでもない。わが家の内の霊舎にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と霊舎とで遊んでいるのである。この世で生きている間に、人に悪いことをしたり、神のみ心にかなわないことをしたりすると、死んでからでも、魂は神のおとがめを受けるのである。

教祖さまのみ教え

でも実際は……

そういう考え方で差し支えないということです。わたしもそのように理解させていただいています。

また、教祖さまご自身も、死んだことがないから分からぬとも言われていて、これってすごく自然体ですよね。無理がないなぁと思いますし、だからこそ受け入れやすいです。

巷ではいろいろな霊言や、死後の世界が分かってそれが語られたり、そう語る人から「 生前の行いで死後の助かりが決まりますからね 」と半ば脅しのように、とまぁ信仰の世界ではよく聞く話ですが、これらも信じる信じないの話で( 否定も肯定もしません、できませんし )、本人次第ということはどこまでもあるのだろうなぁとは思います。

思いますが、個人的には、生前の行い( 働き )でというのは、やっぱりあるのだろうなぁと思います。

これはどれだけ献金したかとか、もちろんそんなのではなくて、どれだけ神さまを感じることが出来たかによるものだろうと思ってます。

神さまから分けていただいたから分け御霊様と呼ばれるのですが、そう呼ばれるものがわたし( あなた )の身体にも内在しているわけですから、体内に神様がいらっしゃるということになりますし、そうしたら神さまを感じないというのも考えてみたら変な話だとも思うのです。自然とそう思うようになりました。

こう考えますと、神さまを感じないかぎり、そもそも自分を知ることなど( 内在する神さまがあるのだから )難しいのではないのかなぁと、やっぱりどこまでも信仰の有る無しに帰結するなぁと感じます。

信心がなく難儀苦しむ人に、教祖さまは信心させてあげたい、信心して助かってくれよと、決してしなさいという命令口調ではありませんでした。もちろん気持ち的にも。

でも大切なのです、ご信心。これもそれも信心してはじめて分かることですが……

おわりに

さてさて、「 死んだ後のこと 」についてですが、信心がない頃よりは、死に怯え佇むということはなくなりました。これも大きなおかげと思います。

それでも、やっぱり死んだ経験がありませんので、どうなるのかなぁとは単純に思いますし、けれども、ここまで分からせていただけただけでも、心のゆとりというか、生き方に余裕が生まれてきていることは実感しております。これも人間知なのでしょうね。

聞く人によってはただのオカルト話に聞こえるかもしれませんが^^;

死んだ後のことについて思うところをあらためて書いてみました。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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