2016年4月8日金曜日

神様って本当にいるの?|信じたら何があるの?どうなるの?


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


神様って本当にいるの?|信じたら何があるの?どうなるの?
神に会おうと思えば庭の口を外へ出て見よ。空が神、下が神。

神様って本当にいるの?……有神論者と無神論者でいつの時代も分かれる議論です。感じていることを以前書きました。

神様って本当にいるの?|感じることと信じることについて|宗教家の書くブログ 神様って本当にいるの?|感じることと信じることについて

神様って本当にいるの?今でもそのことを思わない日はないです。そうしていつも思うのですが、無神論者と言われる人の追求力はスゴイなぁと思う反面、難儀だなぁとも思ったりしています。そのことについて。

神様って本当にいるの?その議論について

これ、いつの時代も誰が証明するのでしょうか?

神様って本当にいるの?先ほども書いたようにわたしも考えたことは何度となくあります。これは宗教家の家に生まれたうんぬんではなく、どこに生まれても考えていただろうなぁと思います。

まず、神さまにまつわる教祖さまのみ教えをいくつか。

に会おうと思えば庭の口を外へ出て見よ。空が神、下が神。

一心をたてればわが心に神がござるからおかげになるのじゃ。

教祖さまのみ教え

外( 庭の口 )にもいて、内( わが心 )にもいる、もう包まれている、と金光教では教えられていて。

どなたに対しても、ここを信じるか信じないかは、わたしにはもうどうすることもできないのだなぁと最近強く感じています。

で、信じるというのは信じる側にとってみたら怖いことでもあるのですね。恋愛もそうですが「 惚れたら最後 」という言葉も聞きますが。

信じるというのはどこかでふみこむことだと思いますから、怖いのだなぁと思います。

条件付きで信じるということと疑うということの密接な関係|宗教家の書くブログ 条件付きで信じるということと疑うということの密接な関係

毎日毎日いろいろな方の話を聴かせていただきながら、その方が「 よし!」と、ふみこみたくなるようにお願いしながら聴いています。

だから、もはや神さまがいるとかいないとか、いよいよふみこむぞ!っというときは、それほど関係ないようにも思ったりしています。

そう考えると冒頭で書いた無神論の方は多分ふみこめてないはずですから( 有神論でもいよいよのいよいよでふみこめていなかったらそれは無神論に近いようにも思いますが、どうなのでしょうね )、それは難儀であるなぁと思うのです。

ふみこんだ先に……

信じるものは救われると古くから言われております。

今の世まで古くから言い伝えられるということはそれだけ大切なことなのだろうなぁとも思いますし、実際ふみこんだ( 神さまを信じた)モノとしてはそのとおりだなぁと思います。

哲学や心理学の本を読むこともありますが、いよいよのいよいよで人智を超えた存在が出てきたりもしますが、前にも書きましたが、「 それ、神様って認めたら楽なのに 」と思うこともあり。

学問ですからそれはそれで認めてはいけないことなのかな、とも。ただいつも読んでいて「 苦しいなぁ 」と思っています。

神様を信じたら何があるの。神様を信じたらどうなるの。正直、これは信じた人にしか分かりません。

わたしの場合を言えば、

  1. 感動します。
  2. 生きやすくなりました。
  3. 毎日が楽しいです。
  4. 人のお役に立ちたいと思えるようになりました。
  5. 長生きしたいなぁと思えるようになりました。
  6. けれども先のことを深く考えこまないようになりました……
そんな感じです。

つい先ほども電話相談である方の話を聴かせていただきました。「 幸せになれるかな?」と言います。「 なりたいの?」と聴き返しました。そしたら「 なりたい!」と。「 だったら神さまにお願いしていこう 」と。

あとはその方がふみこむしかありませんから。

動けないわたしを踏み込ませてくれた 師の言葉と神の声|宗教家の書くブログ 動けないわたしを踏み込ませてくれた 師の言葉と神の声

それでも相手任せだけでなく、その方がふみこみやすように、その方がふみこみたくなるように、お願いしながらです。

おわりに

神様がいるかいないかより、神さまはいる。

そして次へ。

そうして日々のさせていただくべきことを淡々とさせていただけている方がいいようにも思いますが。

これは、無神論の方からすると思考停止に映るんですかね。

これも以前、電話相談をはじめたばかりのころ、ひとしきり悩みを聴かせていただいたあと「 神様にお願いしたら…… 」といった途端、「 本気で言ってるの。私は見えない神様は信じない。今話しているのも目に見えるあなたですよ 」と怒りながら言われたのを思い出します。

ふみこませてあげられなかったことを今でもお詫びしています。

神様っているの?ということについて感じるところをあらためて書いてみました。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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