2016年3月15日火曜日

心の無駄遣い|お願いしておきながら不安になっている勝手な氏子


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


心の無駄遣い|お願いしておきながら不安になっている勝手な氏子
神様にお願いだけしといて、手術が終わったことのお礼は?言ったの?

お願いをしたらお礼で閉じる、ということについて書いてみます。人間関係でも同じですね。「 あれってどうなった?」ということ。

不安がるココロ

ある氏子さん。手術をするということになって、そんなに大きな手術ではなかったけれども少し心配されていてお願いに参られました。

手術日や病院名、執刀医のお名前を聴かせていただき、氏子さんの心情も聴かせていただき、わたしも「 神さまにお届けさせていただきますね 」と言わせていただきました。

それから手術日当日……翌日……翌々日……その氏子さんからは何の音沙汰もない。

しばらくしてその氏子さんを知るまた別の氏子さんが参られ「 ○○さん( ある氏子さんのこと )、術後、どうやら状態が思わしくないようです。それで○○さんも不安がっていて…… 」と。

それから数日経ってある氏子さんから一通のメールが来ました。内容は、手術が無事に終えたことへのお礼と術後の状態のこと、それから不安な気持ちのことでした。その後しばらくして状態は快方に向かったのですが……

神さまはご覧になられている

この話には後日談があり。その氏子さん、はじめてメールを送られてきたのです。「 あら、珍しい 」とわたしも驚いたのですが、どうやらまた別の氏子さんに言われた言葉がきっかけでメールを送られたそうでした。

何と言われたか……「神様にお願いだけしといて、手術が終わったことのお礼は?言ったの?……だからよ」と言われたそうです。

その言葉を聞いたある氏子さん、すかさず御礼のメールをされたとのことでした。

わたしはこのやりとりを聞かせていただいて、神様への向かい方をあらためて大切にしなければと思わされました。

この話を聞いても「 時間がたったから良くなっただけでしょ 」と思われるかもしれませんが、問題はそこではなく、一番の悩みは氏子さんが不安がっていたことだと思います。

なぜ不安になるのか……誤解を怖れずに一言で言えば、「神様を信じてないから」だと思いました。正確には、はじめは信じていたのかもしれませんが、「 大丈夫かなぁ 」と思いだした。まぁ条件付きです。願ったとおりのおかげいただけるなら信じますよということ。

師はこのことを……

心の無駄遣い

師の言葉

と、表現されます。

まさに心の無駄遣い。不安がっているのですから、それは神様にお願いしておいて「 大丈夫だろうか 」と疑いが生まれ始めてきた証拠ですから。

分かります。状況が悪くなればなるほど不安になる気持ちも分からないでもないですが、やはり心の無駄遣いなのでしょう。

ではどうすればよいか……御礼です。一つひとつの御礼。

神様にお願い申して、たとえどんな結果であろうとも命があるということはそのお願いしたことを神様とともに終えさせていただいた紛れもない証拠ですから、そのことに御礼申すのです。

メールよりは電話[ 手紙も ]、電話[ 手紙も ]よりは参拝の方がもちろん良いですが、メールひとつ出来ないというのも、それがその方の神様への向かい方なのだなと言わざるをえないように思います。あくまで現状として。

その一手間を神さまはご覧になっているように思います。わたしですと最近はよく「 ここまでありがとうございます 」という言葉でお届けさせていただきます。「 ここからお願いします 」という言葉を添えて。

おわりに

神様が見てらっしゃった、このこともまた折々に伝えていけたらと思っています。ある氏子さん自らが感じられるように。

神様にお願いだけしといて、手術が終わったことのお礼は?言ったの?……だからよ」これも人の口を通しての神さまの言葉だったんだろうなぁと思います。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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