2016年3月2日水曜日

傷は癒えることはあっても完全になくなることはない


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


傷は癒えることはあっても完全になくなることはない
傷は癒えることはあっても完全になくなることはない

精神的に苦しんだ経験、そこから感じたこと、また師より教えていただいたことであらためて感じたことについて書いてみたいと思います。

精神的に苦しんでいた経験

会社勤めをしていたころ、精神的に苦しくなったことがありました。目に見える原因としては、仕事( 現場監督 )がうまく回らなかったのと、そのイライラから上司・同僚とブツかったことです。

今思ってもそこまでひどくなかったんだろうなぁと、現在お取次させていただいている精神的に苦しまれている氏子さんと接しては思いますが、当時はしんどかったです。病院( 精神科 )こそ行かなかったですが。会社の無断欠勤はしてしまっていました。

だから、しんどい中に無気力・現実逃避が強かったです。無責任、自分勝手でもありました。

とにかく朝から晩まで現実逃避に陥っていたように思います。「 ( 今の状況が )なくなれ 」「 ( はやく )終われ 」。現場監督をしていましたので、その状況から開放されたかったのだろうと思います。

周りからしたら、「 須賀院はただ怠けているだけ 」と思われていたかもしれませんし、「 もうちょっと頑張れよ 」と思われていたかもしれません。「 いいから頑張れ 」と、そう根気よく言われ続けたらもしかしたら頑張れたかもしれませんが、けれども頑張ろうという気にはならなかっただろうなぁとも思います。

「 あなたに何が分かるの 」「 この気持ちは誰にも分からない 」と決め込んで、一人彷徨っていたようにも思います。

どうしようもないとも分かりながらも、どうしようもなかったのです。それが周りに迷惑をかけてまでも必死にもがいていた結果かと思います。ここは良い悪いではなく、事実、結果のことです。

愛情不足が根本的な理由

今はその理由が愛情不足だったんだとハッキリと分かりました。

ここでいう愛情不足とは、両親含め周りの人からまったく愛されていなかったか、ということではなくて、わたし自身が愛情すなわち受け入れられていると感じられなかった、ということです。

相手は関係なく自分の問題ですね。

その後わたしは現場にも復帰させていただき、結婚もし、退職もし、金光教の教師にもならせてもらいました。

ただ何も解決されていないようでもありました。とにかくしてしまったことをお詫びしながら「 コレでよかったんだ 」と言い聞かせて過ごしてきたように思います。それは今でも。

もちろんどれもが必要な人生の過程とは思いますが、がむしゃらに当時の無気力感も理解しようとするのですが、なかなか分からないままでした。

先日です。師より新たなことを教えていただきました。

傷は治ったけど傷は残っている。傷がうずく、また傷がひらく可能性もある

師の言葉

この言葉を聞き、当時のことを思い返しました。あ~消えることはないのだなぁと。

「 どうしよう、傷がなくならない……」「 どうかこの傷が一刻も早くなくなるように……」と思っていたところもありました。綺麗に、なかったことのように。でもあるのですね。完全になくなることはない。

「 なくなることはない 」という、その理解がないと、ここからの心持ちも違ってくるのだなぁとあらためて思わせていただきまし。

これも受け入れるという部分かと思います。

おわりに

まだ傷はあるというところをあらためて確認、自覚させていただきました。この理解だけでも前に進める気がします。不思議なようですが。

このことを分かってくれている人がいる( と感じられる )、その存在、感覚が何よりもありがたいのですね。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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