2016年3月8日火曜日

仏教的に言えば成仏しているのかしてないのか|荒ぶることと鎮まること


こんにちは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


仏教的に言えば成仏しているのかしてないのか|荒ぶることと鎮まること
魂が荒ぶっている状態なのかもしれません。

魂について感じるところを書いてみたいと思います。御霊のおまつりから感じる魂については以前書きました。

わたしの思う『 御霊観 』について……[ 金光教編 ] |宗教家の書くブログ わたしの思う『 御霊観 』について……[ 金光教編 ]

亡くなったあとの魂=天地の間にふうふうと ぶゆが飛ぶように遊んでいる

教祖さまの時代、ある氏子さんが教祖さまに次のように訪ねられました。

ーー金光様、宗教がたくさんあっていろいろの教えがありますが、死んだら、魂はいろいろに分かれるのでしょうか。

そうしましたら教祖さまは、

そういうことはありはしない。死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、ぶゆが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くのでもない。わが家の内の霊舎にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と霊舎とで遊んでいるのである。この世で生きている間に、人に悪いことをしたり、神のみ心にかなわないことをしたりすると、死んでからでも、魂は神のおとがめを受けるのである

教祖さまのみ教え

これは御霊様側の教えではありますが、では今生きている人間と御霊様の関係について感じることを書いてみたいと思います。

わたしが思う御霊様と人間の関係

多くの方が知りたいこととして、仏教的に分かりやすく言うと亡くなったあとの魂が「 成仏している 」「 成仏してない 」どちらなのか、ということかと思います。

これは、魂が荒ぶっているか鎮まっているかの違いと感じます。分かりやすくわたしの理解しているところを書いてみたいと思います。

生きている人間にも魂( 分け御霊わけみたま様 )が当然あり( でないと生きられませんから )、その魂が荒ぶっている状態が精神的に不安定な状態だと理解しています。

事実、わたしも精神的に苦しいとき、分け御霊様が鎮まるように祈りなさいと教えていただいておりまして、どうにもイライラが止まらないときは、そればかりをお願いしていました。

すると鎮まってくるのですね、おかげです。不思議な感覚でしたが。

今まですごく気になっていたことが気にならなくなってくる。イライラしていた人や事に対してもイライラしなくなってくるのです。不安も心配も。

で、これは御霊様( 亡くなったあとの魂 )においても同じなんだろうなぁというのがわたしの理解です。

だから亡くなったあとの魂だって荒ぶったりすることがある。それが原因なのか、なにが原因なのかを追求する術はないですが、生きている自分の魂( 分け御霊様 )を考えたら、そういうこと、同じことなのだろうなぁと感じるのです。

おわりに

生きている今、わたしに何が出来るのだろうか……と常に考えます。

祈りことは出来る。願うことは出来るはずです。自分の魂の行き先もそうですが、生前、関係が悪かった人のことも、とても成仏しなさそうな御霊( 魂 )のことも、今生きているわたしは、そしてあなたは、祈ることは出来ると思うのです。それは出来ると思います。

今生きている人間と御霊様の関係から、亡くなったあとの魂のことについて理解しているところを書いてみました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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