2016年2月1日月曜日

そもそも受け止め方が分かっていないという場合もあることについて


こんにちは。須賀院崇徳(@TSugain )です。二月を迎えました。一月があっという間に過ぎ去りました。


そもそも受け止め方が分かっていないという場合もあることについて
受け止めたい人をしっかりと受け止めるためには……

どうしても囚われてしまうことがあります。心が、そして思考が……心囚われる理由は色々とあると思いますが、その対処法、周りの方の対応についてです。

○○出来ない自分を責める

囚われた人に対して「 考え過ぎだよ 」とか「 もっと楽に考えたら 」などのアドバイスをよく見聞きしますが、それらは相手に届かないのだなぁとつくづく思います。

実際に自分が何かに心囚われていたとして、「 考え過ぎだよ 」と言われでもしたら、考えすぎる自分が悪い楽に考えられない自分が悪いんだ、とそのように思うような気がするからです。

実際に思っていました。「 あなたに何が分かるの 」とも思っていました。

ではどうすればよいのでしょうか。

それは、囚われているその人( 存在 )をそのまま受け止めるということです。

これ案外難しいです。よっぽど意識してかからないと、とにかく何か言いたくなってしまいますから。せっかく相談してくれたんだから、何か声をかけてあげないと……そのように思ってしまうのです。

ここで、師匠からはよくNGワードを教えていただきます。

この場面でのこの言葉は✕、などです。でもその✕の言葉もほかのケースでは○だったりするから不思議です。

たとえば……「 信じたら助かりますか?」と問われたときに「 あなたはどう思われますか?」という言葉がけは使い方が間違っているとか。これは聞かれた側が逃げていると捉えられてしまうから、ということです。

けれども相手に促す「 あなたはどう思いますか?」は、場面によっては効果的な言葉になる。わたしの気持ちを聞いてくれている、と感じたり。

先ほど、相手の存在をそのまま受け止めるということが大切と言いましたが、NGワードを言ってしまうような、そもそも受け止め方が分かってなかったら、「 この人は分かってくれない 」となってしまいます。

本当に難しいです。その瞬間になったら、マニュアル通りなどいかないですし。そして、

練習で出来なければ本番で出来るわけがない

師の教え

そのように教えられています。

おわりに

心してかかるということです。また、その前段階での訓練( 稽古 )が必要ということですね。それからお取次とりつぎを含め、分かる人に聞くということ。

この稽古する場ですが、これは難しく考えずとも日々の生活そのものが稽古場と教祖さまも仰っておられます。

ですから「 もしも 」の場合を常に想定しながら、そうして意識しながら生活させていただくということが大事ということですね。これも遊ばせていただきながらです。

なぜ囚われてしまうのか、そこから受け止めるということについて。その対処法、周りの方の対応について思うところを書いてみました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)




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