2015年12月27日日曜日

来て良かったです


こんばんは。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。寒く手がかじかみ、キーボードを打つのも遅く感じます^^;


来て良かったです
ご信心、それぞれの求め方を取次者と「 一緒に 」

久しぶりの参拝

久しぶりにある氏子がお参りされました。そして「 教会に来なければ信心が出来ないのでしょうか?」と尋ねられたのです。

そこで僕は、「 実際にお参りされてどうでしたか?」と聞き返すと、「来て良かったです」と言われました。

ありがたいなぁと思わせていただきました。で、「 それは良かったです^_^ 」と付け加えさせていただきました。

今一度考えてみたいと思います。本当にお参りしないといけないの、ということを。教祖さまは、

  1. 信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても。芯しんがなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇やみなり。信心なければ世界が闇なり。

  2. 信心は手厚くせよ。わが家で信心しておりますと言うのは、信心の抜けはじめである

  3. 此方( このかた )は参ってたずねる所がなかった。氏子はおかげを受けて遠路のところを参って来るが、信心して徳を受けて、身しのぎをするようになれ。

教祖さまのみ教え

と、教えてくださっています。「 家で信心していますは、信心の抜け始め」と、ハッキリと言われてますね^^;

やっぱりお参りが大切

その一方で、3つ目にもあるように、教会にお参りしなければおかげがいただけない、ということにならぬよう、「身しのぎ」をするように、とも教えられております。どうしたって、教会にお参りできない場面もありますから。

では実際に、先ほどのように「 教会に来なければ信心が出来ないのでしょうか?」と尋ねられた場合、「 大切なのは心ですからね 」と言いたくもなります。ですが、その「 心 」だって、お参りしてお取次をいただかないと、育たないのが実際です。

せっせとお参りして、お取次をいただけば「器の作り方」を直に教えてもらえますし。それが、わが心を作る上では欠かせないのかとも。

だから、結論は「お参りした方がよい」です。しなければ……ではなくて、した方がよい、です。

「 来なさい 」では強制的になってしまい、反発すら覚えますから。冒頭のやりとりのような、「 家でも出来ると思っていたのですが...... 」という氏子の正直な気持ちに、寄り添いながら、ここからどうさせていただいたらよいかを、一緒に模索していけたらと思っております。

特に、人間関係での悩みを抱えられている方は、お参りすることだけでも大変ですからね。外に出ること、電車に乗るのも大変です。

求め方は十人十色。ご信心が大切なことは言うまでもないことですが、そのやり方や、方法などは、人それぞれですから、それぞれの対処法があるようにも感じています。無理のないところで。

おわりに

今回、「 来て良かったです 」という言葉は素直に嬉しかったです^_^これはもう、神様も喜ばれているのではないでしょうか。

ここからのおかげをいただかれることを切に願っております。一人ひとりの求め方を、一つひとつ丁寧に、ですね。

おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと|宗教家の書くブログ おかげをいただくためには理解しておいた方がよいと思うこと

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

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