2015年12月21日月曜日

ご信心させていただくと 同じことでも違うように見えてくる


こんにちは。須賀院崇徳(@TSugain )です。もうお昼の3時です。時間の流れが早く感じます。何はともあれ、ここまでおかげいただき御用させていただいております。。


ご信心させていただくと 同じことでも違うように見えてくる


今までは......

たとえば生活をしている中で、様々に起こり来る目の前の出来事に対して、自信をもって全てが見えていると言えるでしょうか。ご信心させていただく以前の私なら「 もちろん!」と胸をはって言っていたように思います。けれども実際は違うのだなぁと思わされるのです。

イメージで言うと、フィルターがかかっているような感じです。曇っているような感じ。どうしたって青く見えてしまうのは、それは目の前に『 青いフィルター 』があるからにほかなりません。



信心の眼でものを見ることを学びました

金光教学院という金光教教師になるための学校があるのですが、そこでは、

人間のあらゆる問題を信心の眼で見る力を養いつつ

学院生活の願いより

とあります。今だからこそ「 あ~なるほど 」と分かりますが、当時は「 どういうことだろう?」という気持ちのまま、右にならえで言っておりました^^;

『 信心の眼 』です。『 信心の眼鏡 』と言ってもいいかもしれません。とりあえず見え方が違ってくるということです。



氏子さんからありがたいお届け

先日もお参りされた氏子さんが、「 そう感じられるようになりました 」と嬉しそうにお届けされていかれました。聴かせていただいた私も嬉しくなったのですが^_^「 そう 」とは、いま現状の周りにあるおかげのことです。といいますか、もともとあったおかげが見えるようになった、と言ったほうが分かりやすいかもしれません。



目の前にこびり付いた手のひら

よく次のように説明します。手のひらを顔の直前に出されると、それが手のひらなのかが分からないと思います。

けれどもそれをすこ~しずつ離していくと、1センチ、2センチと......すると「 あ~手だったのね 」と分かるのです。そして手のひらに加えて、手のひらの周りの状況も分かってくると思います。「 あ~ここは会議室だったのね 」とか。

難儀の渦中にいるときは、手のひらがビッタリと目の前に貼り付いているような感じかと思います。だから何も見えない。ただただ鬱陶しいだけ。

それをお取次を通して、神様のお働きをいただき、手のひらを外すと同時に信心の眼鏡をかけていくという具合です。

心が和らぐとともに全く違った景色が見えることと思います。事実私は見えました。

そしてご信心を続けさせていただくと、眼鏡もどんどんどんどん変わってきて、視界も良くなってくるようなイメージを持っています。

先日お参りされた氏子さんも、目の前にこびり付いていた手のひらが離れ、信心の眼鏡をかけはじめたのかと思います。ありがたいことです^^

ご信心させていただくと、このようにありがたい働きが生まれてくるということについて書いてみました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)




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