2015年11月13日金曜日

2種類ある神様のおかげ

神様...

2種類ある神様のおかげ

目に見えない
声も聞こえない
感じる対象であります。

けれども必ず存在すると思います。
思わざるを得ません。



以前こんなことを言われました。

「今、神様と離れてしまったら...」

当時の自分としては
すごく悩みました。

このことを
悩みに悩み、
他の方に問えば
「離れられるわけがない。包み込まれているのだから」
そのような言葉を聞いた気がします。

「確かにそうだ」
そう思いました。

「離れます」
と言って
離れられるものなのか
かえってそちらの方に疑問を持つようになりました。

私の好きなみ教えに
人間が自分の意のままに心臓を動かせるとすれば、
ふと考え事をした瞬間に心臓は停まりますでしょう。
また、潮の満ち引きが人間で思うように出来るのであれば、
こちらも考え事をした瞬間に、潮の満ち引きが停まることになります。
心臓の動きも潮の満ち引きも、
天地の神様のお働きによってなされています。

とあります。

「なされている」
既に。
私の想いとは関係なしに。

そうとして
感じるものだと思います。

最近良く思うのは、
神様のおかげというのは2種類あり、
一つは、信心(わが心が神に向かうこと)しようがしまいがいただいているおかげ。
水とか光とか、熱とか空気とか...
もう一つは、神様を意識して初めていただけるおかげです。
心が変わってくるおかげです。



一度きりの人生。
どのようにさせていただくのかは、
お互いが決めることです。
現教主様より、
『あなたの創意工夫でなされたらよろしい』
と何度となく教えていただきました。

神様に心向けながら、
創意工夫の部分もあり、
創意工夫すら
神様にさせていただかなければ出来ないわけですが...

それぞれに
どうぞ助かり立ち行く道が開かれてまいりますように、
お願いさせていただきます。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院崇徳(すがいんたかのり)


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