2015年10月29日木曜日

「人が助かるかどうか」が、私の好きなところ


人が助かりさえすればそれで結構である
教祖さまの有名なお言葉です。

「人が助かるかどうか」が、私の好きなところ

この言葉は
当時の信者が
「教団」を作るかどうか
教祖さまに迫られたときの言葉です。



ですから、
教団を作る作らない
が問題ではなくて
「人が助かるかどうか」が
唯一、教祖さまにとっての問題だったということで、
この部分が私は大好きなのです。

それから、
より多くの人が助かるなら、と
教団化を見据え
教祖さまは教えを書き残し始められました。



スタートは
「人が助かること」
です。

神信心(信仰)も
人間が説くものですから
完璧ではありません。
けれども
「人が助かること」が主目的ですから
不完全でも
それで良いのです。
そう感じています。
不完全を嘆くより、
今目の前で困っている人に対して
何が出来るのか、ということ。

合ってるか
間違っているか
が問題でなく
(教えの正誤とともに、悩みに対しての正誤も...)
助かっていく(現在進行形)かが
問題だと意識し
大切にさせていただいております。

結果として現れるのは
やっぱり
「ありがたいなぁ」
という言葉ですね。

目が覚めた...
命をいただいてます...
御用させていただいてます...
「ありがたいなぁ」と。
もっと言えば
悩むことが出来る、とか
命あって後のこととは
本当にそうだなぁと思います。
目が覚めなかったら...
それは「死」です。
もはや悩みもあったものではありません。

極論はそうなのです。
けれども問題が目の前にこびりつき
心の周りにこびりついて
「ありがたいなぁ」と
感じられない...

まずはご信心をm(_ _)m

神様に心向ける
ご信心で必ずや助かります。

「人が助かりさえすればそれで結構である」
の教祖さまのお言葉通り
私が今すべきことは
悩み苦しまれている方に
神様を感じていただくこと
と、強く思っております。
これが
「人が助かりさえすれば...」
につながっていくからだと
確信しております。

理解できない人には
じっくり
ゆっくり
時間をかけて
相手の心(神様からいただいた魂)が了承するまで
じっくりと。

お願いさせていただきながら。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり) 


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