2015年10月19日月曜日

「聴いてもらえている」から

「聴いてもらえている」

「聴いてもらえている」から

というところを目指しています。

ここに私の行動に対する
執着はありません。
なくすように心がけております。

どれだけ自分の時間を削って
どれほどの時間を費やそうが、
相手がどう思うかが大切ですので。

どれだけこちらの想いが強くても...
丁寧に丁寧を重ねても...
「聴いてもらえてない」
と感じられたら
というところです。



『本当の取次(とりつぎ)かどうかは、
人が助かったかどうかです。
人が助かった取次であれば、
それは真の取次です。
人が助からなかったら、
それは取次ではありません。

決めるのは、事実です。
すべては結果です。』
と教えていただいております。

聴いてもらえたかどうかで
助かるか
助からないかも
違ってくる。

私が思う「助かる」とは
信心が熱を帯びて続いていく様
人を助けたいと心が躍動する状態
です。

信心は
わが心が神に向かうことです。

持続性も
自分でどうこうするのではなく
内側から溢れてくるような感じです。

そこをめがけて
とても大切な
「聴いてもらえている」
というところを
意識してまいりたいと思います。

一日一日。
今日ここから...


いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳


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