2015年9月30日水曜日

ある日のお気付け


おはようございます。宗教家の須賀院崇徳(@TSugain )です。


ある日のお気付け
「 人様にご迷惑おかけしている私たちがこのまま信心していても良いのだろうか 」

7月のある宅祭でのお話を考えていたとき、『信心させてやれ』という言葉が胸に響いてきました。当時の記事はこちら↓

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ある日のお気付け

宅祭ですので、ご先祖様の親族がお参りされたのですが、そのまま先ほどの言葉を伝えさせていただきました。大変喜ばれておりました。

そのご家庭といえば波乱万丈の人生で、周りから叱責されることや陰口をたたかれることもあったと後で聞きました。

そうして、「人様にご迷惑おかけしている私たちがこのまま信心していても良いのだろうか」と本気で考えられていたそうです。話してくれました。聴かせてくれました。

ですから『信心させてやれ』という言葉にどれだけ救われたことか、とその後のお結界で涙ながらにお届けされておりました。ありがたい限りです。

誰に対して

取次者である私がその氏子をかばってあげる、
先生を杖に、神様を杖にして
大丈夫だから信心しなさい
お参りしなさい
ご祈念なさい
神様に心向けて、一つ一つ
大丈夫」と、言わせていただきました。

また後々考えさせていただいているうちに『信心させてやれ』というお気付けは自分への戒めでもあるなぁと気付かされました。

なぜなら、取次者の言動で、失望し、信心しなくなってしまう信者もいるのが実際だからです。もちろんこの教会も例外なく。

おわりに

そのご家庭はもとより、取次者であるわたしが、神様へと気を引き締めさせていただきたく、そう感じております。どうぞここから、ですね。いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)

*twitterでも毎日1回はつぶやいてます。


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