2015年9月2日水曜日

分かる心(神心)を持ち合わせているお互い


おはようございます。須賀院崇徳(@TSugain )です。穏やかな天気です。


分かる心(神心)を持ち合わせているお互い
分かる心(神心)を持ち合わせているお互い

すごいことに気付かさせていただきました。

分かる心( 神心 )を持ち合わせているお互い

分かる心( 神心 )を持ち合わせているお互い

ある日の御気付け

今朝ほど、ある氏子さんのお届けを聴きながら、ふと自分の口から出た言葉に妙に納得し、あとで考えるとすごいことなのだと思うようになりました。

前置きが長くなりましたが、気付いたことは『 人間の神性 』です。

師匠とのお取次を思い返す中、すごく重要なことがありました。重要なことだったとあらためて気付かされました。

それがあなたを心から信じているという感覚でした。こんなわたしを、です。

ハッキリと言葉にはされませんでしたが、確かにそう感じられ、今もなお感じ続けてております。これはすごく大きなことです。

対人関係。上から目線でもなく下から目線でもなく、神様と人間との関係性を感じられた

これまでは、ほかの先生へお取次をいただいてもまたはお結界外で教えを乞うても「 あなたを信じている 」このように感じられる先生はおりませんでした。

私の受け物の足りなさが多分にあるのは重々承知しながら、それでも実際に感じたことです。

今まで感じたことはこうでした。「 教えてやる( あげる ) 」「 何でも聞いてきなさい 」上から目線ということですね。

その根底には「 分かってないのだろう 」という思いを感じました。卑屈かもしれませんが、実際の感覚です。

もちろん「 助かってほしい 」「 教えてあげたい 」との善意だったのかもしれませんが。でもわたしが感じたのはあくまで上から……

これが何を意味しているのかというと人間の神性を感じていない証拠と感じました。極論でしょうか...

今落ち着いて考えてもそう感じます。

わたしに限らず人間として神心を持った一人の存在として、その人の中に神性を見たなら、または初めから感じていたならば、上から目線という態度など出来ないでしょうし、( 人間ですから合う合わない、好き嫌いはあれども……)

では上から目線でなく下手に……という感じでもないのです。求めているのは。

下手に出られても厄介ですし。こちらが敬意を持てなくなりそうで。

だからこそ一人の神性を持ち合わせた存在とみていく。どれほどの分からずやでも。

実際そうだと思うのですが。大人でも子どもでも……これは育児にも役立つ考えと思います 。

「 この子にはまだ言っても分からない 」とか思ったことありませんか。そうではなく神様の御子として接しさせていただく。もう「 させていただく 」ですね。わが子だろうが。

そのように感じ。相手を尊ぶということ。

それを言葉ではなく、師匠から、実際に取次いただき続ける中で感じさせていただいていたのだ、と。

このことを「 次はあなたが現しなさい 」ということを今朝ほどあらためて思わせていただきました。

受ける( 聴く )側の意識が違うだけで必ずやお届けされる氏子さん側も感じる結果が違ってくるように思うのです。これはとても大きく。

おわりに

目の前の人の神性を感じること、たとえ相手がどんな経歴でもどんな言動の持ち主でも。

ここに常識は要りません。周りから見たら変に映るのかもしれませんがそれで救われる命があるのです。( こいつはいくら言ってもどうしようもない、はありえません、ということ )

言葉にすればもともと人間というものは『 分かる心(神心)を持ち合わせている 』ということです。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
須賀院崇徳(すがいんたかのり)




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