2015年9月1日火曜日

マイルドになっていく

師匠のお取次(とりつぎ)をいただくたび
マイルドになっていく自分がいます。
ハッキリと分かります。

マイルドになっていく

お届けをさせていただくたびに
一緒に考えてくださり
一緒に悩んでくださり
一緒に祈ってくださる。



もうずいぶんと
教えていただいているのですが
教え諭されているような気がしないのです。
むしろ
『一緒に』です。
ここをすごく感じます。
私(なんか)のために
という気持ちまで生まれてきます。

ここがすごく嬉しく感じるのです。

私は取次者で
あなたは願う人で
それぞれに役割があって...
私は祈るぞ
あなたも祈りなさいよ、
と切られている気がしない。
一緒に時間を費やして、
(まず私の心が)神様に向かうように
背中を押し続けてくださる
そう感じます。
そんなお取次。

ずいぶんと前に
金光様は私たちが成長することしか考えていない
と師匠から言葉いただきました。

当時は、
「え~」
という感じ。

金光様(金光教教主)が私のことなど知るはずがないし
そう言われても...
というのが正直なところでしたが、
でも今はそう感じるのです。

金光様(取次者)は私(たち)が成長することしか考えていない

だから、
正解も
不正解もなく
(あるのですが押し付けない。理解するまで待つ、ときに責める)
教え諭されるということもなく
成長することだけに
取次者としての時間を
費やしているように思えるのです。

ときに
曖昧なお取次に感じることがございます。
「今は言わない」とか...
実際あるのですね。
「何か答えはぐらかされている」
そんな気持ちになるときが。

でもそれは、
言ってしまうと
成長しようとする私の心が
ストップしてしまうからなのですね。
求めるということをやめてしまう。
そのように分からせていただくのにも
多少時間はかかりましたが。。

成長しようとせぬ者には
祈り、ときに
教え込むときは教え、
成長しようとしている者には
そっと手を差し伸べるかのように
まぁこちらも
教え込むときは教えられるのですが。

微妙なバランスです
塩梅
塩加減
ちょうどいい具合に
『成長することしか考えていない』
まさにその言葉通りの
お取次を今
いただいていると感じております。

付け加えますと
成長したい!
と思えるのです。
特にこれがありがたいですね。

今後もお取次を
いただきながら
次は私がそのように現せるように...

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳