2015年8月31日月曜日

聴き手が楽になる考え方

聴き手が楽になる考え方...

聴き手が楽になる考え方

みな分かる心を持っている
とは師匠から教えていただいたこと。
みな奥では分かるのです。
みな奥では知っているのです。





神様から分けていただいた御霊(みたま)
魂と言えば分かりやすいでしょうか。
みな神様から分けていただいている
同じように、
そう違うはずがない
そのように思えるようになりました。

すると
表面的に現れている
人の違いが
そんなに気にならない。
性格の違いや
今までの経験も
考え方や
言動も...

すごく癖のある
この人は何言っても無駄だろうと
思えていた人でさえ
(知らず知らずに諦めが入っていました)
分かる心を持っている
その感覚があれば
いつだって神様の話をしようという気になるのです。
こちらが。。

みな知っている
ご信心する大切さを。
ご信心いただき生きていくことが
それが人間らしい本来の生き方であることを。
知っているわけです。
奥の奥では...
でも現れてくるのは
「ぼくはいいです」(*_*)

みな知っている
この考えは
私の心がとても楽にしてくれました。

例外がないということが、
とても楽なのです。

その楽な気持ちで聴かれてる側も
また違った感覚を持つのではないでしょうか。
そんな感じがいたします。

話を聴いてもらいながらも不安そうに
「大丈夫かな、大丈夫かな」
と顔に出されている場合と、
「大丈夫^^」
とニコニコと聴いてもらうのでは...
言うまでもないですね^^

それが神様への信頼度ともつながるのでしょう。
なぜなら
分かる心を持っているという
ある意味神様の部分を感じればこそなのですが
「大丈夫」と信じながら
悩まれている方のお話が
聴けるからです。
これは理屈ではありません。

聴き手(親)が楽になり
話し手(子)が安心します。
あいよかけよ
神業であります。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳