2015年8月28日金曜日

常にニュートラル

常にニュートラルに...
偏りなく...

常にニュートラル

願う氏子、
色々な人が来ます。



そのときに
取次者である私が
偏った想いを持っていたら...
御用に支障が出てくるのです。

確かにその通りだと、
師匠に教えていただき
考えさせられました。

参られ来る氏子の
色々な願いの中、
その願いをもって
それぞれが神様に向かっていくことが
とても大切なわけですが、
そこを...
聴く側の取次者に
偏った思いがあるばっかりに
願ってくる氏子に隔たりが出来てくる。
「この先生は私と違う意見」
「真剣に願ってなどくれない...」
と、いらぬ想いを持たせてしまう
そのような可能性を生んでしまいかねないことを、
教えていただいて
あらためて気付かされました。

正しいことを言うと余計歪むこともある
とも教えていただいております。

何が正しくて、
何が間違っているのかさえも。
神様のことを思うて、
参られ来る氏子のことを思うて。。

偏りがなく
常にニュートラルに。。

主目的は
氏子の心が、生活が、
信心となることです。
自らが願えるようになること。
そのための、
神様の前立ちとしての
一個人須賀院崇徳としてではなく
取次者としての自覚を
あらためて
教えていただきました。

とても大切なことと思います。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳