2015年8月2日日曜日

今苦しいのは 人に心が向いているから...

今苦しいのは
人に心が向いているから...

今苦しいのは 人に心が向いているから...

今から7年前
学院生の頃、
(※学院_金光教学院:金光教教師養成機関)
こんなことを感じていました。

金光教本部では
一教の教主が朝4時から
本部お広前にお座りになられます。
一年365日...

朝3:45
教主が通られる道(御道筋)にて
今日の教主を拝すること、
教内では『お出まし』と呼ばれております。

学院生の身分として、
そのお出ましを少しでもいただこうと
やってみよう、と決意したのですが、
なかなか朝起きられなかったのです。。

お出ましをいただくのは任意で
するかしないかは
学院生各人に任されていました。

朝起きられない...
朝3:30ですから(^^;

ここからはそのときの私の心境です。

心を同じくして
お出ましをいただく場所で
毎朝顔を合わせる学院生が数人いました。
「ここからも一緒に頑張ろう!」
とは口にこそ出しませんでしたが...
その数人それぞれに
特別的な感情が湧いていたことは確かです。

それが...
私の根気の無さ
意思の弱さから
次第に朝起きられなくなり、
朝起きられない日が続いたある日から
そのお出ましをいただき続けている人たちと話をしていて
違和感を感じ始めたのです。

私の心の中の話です。。

苦しい思いを胸に、
お取次をいただきました。
後に師匠となる先生に。

お伺いの内容はこうでした。
「自分の修行の仕方、朝起きられず、お出ましがいただけません。お出ましをいただき続けている人と話しづらいのです。やることもやっていないのに話をしていいのだろうか、そのように感じてしまいます。私自身、やることもやっていない人から言われたくないと思っていますので。」

師匠の言葉です。
『学院では苦しんだ方が良い。すんなりいく人を否定もしないが。優秀な人は日課をこなすようになる。適応力があるとも言えます。お出ましに対しては、その人たちが、お出ましをいただく事で何を学んできたか。あなたの話を聴いていると心が人に向いている。自分の価値が人に委ねられている...(教祖様のみ教えを引用され)祈れ人(薬)れにすればおかげも早いが、人(薬)れ祈れにするからおかげにならない。あなたの自信の無さとも言えます。自信があれば想いは伝えられる。軽く見られている不安、ケチつけられている、否定されている。相手がどういう意味で言っているのかは分からない。頭の中の意識がどれだけ純粋か。自分が何のためにお出ましをいただいているのか。』



結局は私の心が
人に向いていたのです。
「どうだ、私はお出ましをいただいているんだ」とか
「負けないぞ。俺だって」とか
「本気出せばもっと出来るのに」とか
本当に、何のために、でした。

それで一人苦しんでおりました。
「最初は威勢が良かったけど、結局、続かなかったね」
周りの人から
そう言われているようで...

その心を、
前向きな心も、
特に特に後ろ向きな心
人を責める心も
人に向く心も
神に、神に向ける。
信仰の醍醐味です。
人以外にわが心を向ける対象があるということ。
神様。

やはり
今苦しいのは
人に心が向いているから...
なのですね^^

どうしても人に心が向いてしまい苦しんでおられる方
一緒にご信心させていただきましょう。

いかがでしょうか。

※暑い日が続いております。
着物の下の襦袢も汗びっしょりですが、
元気に御用させていただけておることが
何よりありがたく感じられます。
ありがたいです^^

どうぞわが心を神に!!

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳