2015年7月23日木曜日

そう思える心=おかげ

見守っていくということ。

骨の折れる作業です。

そう思える心=おかげ

「ハイ、終わり」
という瞬間がありません。

ずーっとです。

ある氏子のお届けを通して
師匠よりとても大切なことを教えていただきました。

『見守っていたらよいのです
近付きすぎないことです
親身になりすぎると、助からないのです
親身にならないといけないけれど、なりすぎてもいけない』
塩梅ですね。
バランスです。

基本はバタバタとしないこと。。

結果こちらが常に
おかげをいただきつづけていることが大前提ですね。
親ですね。
...親です。

そう考えると
子どもは勝手ですね^^
やるとき(調子の良いとき)はやるけれども
やらないとき(調子が悪いとき)もある。
ムラがあります。
けれど
親はそういうわけにはいきません。
親はおかげをいただきつづけ
子に対して
近寄りすぎず、
見守っていくのです。

そのようなことを
何となーく感じ始めております。

なぜこのようなことを
この場に書くかと言えば
それが人の生き甲斐だからです。
そう感じますし
それが本当のことだと思っています。

親になることが
「面倒だなぁ~」と思う人もいるかもしれません。
「無理、無理」と。
実際に大変です。
自分の時間はありません。
常に来るかもしれない
「助けて~」という子のSOSが。
けれども...
子のSOSに応える親として
これが存在意義なのです。
人のお役に立つ存在です。

そこに生き甲斐を感じるのでしょう。
人間は本来そういう生き物だということです。
理屈でなく
そうなってみてはじめて気付くこと、です。
じわりじわりとありがたい。

ありがたいことです。

師匠より最初の頃
「そのように思えるあなたの心がありがたい」と
何度か言っていただきました。
本当にそう。
そう思えるか思えないかも
とても大切な心の働きなのですね^^

ここでもまた
おかげをいただいております。

今日という日も
命をいただき
はや半分も過ぎましたが、
どうぞ今日も一日よろしくお願い申し上げます。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳