2015年4月7日火曜日

人は変われます

ご信心させていただくようになり、
親というものを、
親子の関係というものを
考えない日はないなぁ
と感じます。

神様が親で、
私も含め人間が子
であります。

五代金光様(現教主)から
いただいた言葉は、
産みの親をありがたく思えたら
自然と(神様を)ありがたく思えてくる

というものでした。

逆説的に捉えると
産みの親を
ありがたく思えていない時ほど
神様に向かえなくなっている
そんな経験もございます。

そして、親というものが
もう一つ
導きの親(取次者)
というのがあることを
お取次を通じて
知ることになりました。
※お取次:取次者を通じて自身の願い(悩み)を神に届け、神の想いを分からせていただく働き

私が思う神様は、
どんな私でも受け入れてくださる神様です。
人をどれほど憎んでいたとしても、
不安心配がつきまとって
超ネガティブに世の中を見ていても
不平不満をどれだけ口にしようとも、
どんな私でもです。
どこまでも否定せず受け入れてくださる、
そして導いてくださることです。

そのことを言葉ではなく
感じさせていただきました。
お取次を通して...

その点、産みの親と言えば、
どうなのかなぁと悩む時期があったのです。
「あなたのためを思って...」
と言えば聞こえはいいですが、
○○しなければいけないだとか
これはいい、あれはダメ、と、
(当時の私には)
そのままの、今のままの私では
ダメなのだと
感じてしまう時があったのです。

これが産みの親です。
その先に神様がと言われても...
正直疑問符だらけでしたが、
それはやはり
こちらの受け方次第だったのだと
お取次を通して気付くことになりました。

どんな私でも受け入れてくださる
その存在が親であり神でありということです。
今ではそのような親に
自分もならせていただきたいと
そう願うようになってきたのです。

数年前の自分からすると
何とも不思議な感覚ですが
実際そうなのです。

どんな私でも受け入れてくださる
そう自分で感じられるということは
とてもありがたいことです。
こんな私ではダメなんだ
そう感じていた自分だったのに、
こんな私でもいい、と
自分で自分を認めてあげることが
出来るようになったことが
とても大きなことだと思います。

よく思うことなのですが、
ある人がいたとして
その人が「幸せだ」と思っていたら
端からだれが何と言おうとも
その人は幸せだと思うのです。
この思いに他者が介入する余地はないと。
なのにです。
そう思いたいのに
思えない自分がいたのです。

だから今はとてもありがたいです。

今でも変わりません。
自分が幸せだ、と思っていたら
幸せなのだと。
ありがたい、と思っていたら
ありがたいのです。
誰が何と言おうとも。

そうして今は
何もかもがうまくいっている
とは言えませんけれども、
心は満ちています。
毎日が楽しいですし、
今日も命をいただいた
今日も参られた方の話を聴かせていただけた
そう心の底から思います。

このように思えるのも
私がお取次をいただいたから
正確に言うと
いただき続けているからです。

そして今
私もそのお役に立ちたいと思い
日々お結界(お取次をいただく場所)に
座らせていただいております。

誰も受け入れてくれない
自分を受け入れてくれる存在などありえない
そう思っている方の話を
聴かせていただきたいと
切に思っております。

親の、ひいては神の深い愛情を知ることで
自分で自分を受け入れられたのなら
変われます。人は変われます。