2015年4月28日火曜日

親子といえども...

親子といえども...

命のもとではありますが、
なかなか受け入れきれないのが
実際ではないでしょうか。
お互いに...

金光教では
親子の関係をとても大切にされております。

五代金光様(現教主)より
産みの親がありがたいと思えたら
自然と神様がありがたく思えてくる

とご理解いただきました。

神様が親
人間である私(たち)が子として。
損得勘定を抜きにした
親の愛情が
神様の愛情と
たとえられ、
繋がっていて、
神様を感じられてはじめて
それぞれにご信心が始まったわけですが、
親の愛情がいかほどのものか
分からない人には
ご信心はとてもとても
難しいものですね。
私もそのうちの一人でした。
よく分かってませんでした。



たましいの親。

金光教でのお取次。
お取次をいただく中、
取り次ぎ取り次がれる関係の中から
親の愛情をあらためさせていただけることが
とてもありがたいと思います。

こんなに愛されていたのか...
どんな私でもよかったのか...

「ありのままで」という言葉も流行しましたが
ありのままで、良いのですね。
良いのです。
良いのです、と受け止めてくれる存在が
取次者なのだと思います。
そして親ですね。
けれども受け止めてくれない、
受け止められている気がしない。
ぜひとも
受け止められる存在に
ならせていただきたいと
切に願います。

ありのままで...
言葉にすれば僅かではありますが、
実際に触れたら
その難しさはとてつもないものと
想像します。
裏切られても裏切られてもなお
信じ続ける構え、
それが親の愛情なのだということを
子である私(たち)が
感じるには、
まずもって
親の愛情を身体で知ることが
必要ですね。

その愛情は神様につながっております。

いかがでしょうか。