2015年4月1日水曜日

朝と夜にお礼を、お願いを

朝のお礼、お願い、
そして夜のお礼、お願い。

朝と夜にお礼を、お願いを

とてもシンプルで
このことを持続していけば、
道は出来ている、
おかげになってくると教えられ
それを実践し、
本当におかげをいただいている今日であります。

朝、目覚めなければ
それは死です。
目覚めたからこそ
今日があるわけでして、
そのことにまずもってお礼申す。
良く分からずとも
目が覚めた(覚まさせていただけた)と。
そしてお願いです。
どうぞ今日も一日、お繰り合わせを...と。

何が起こるかわかりません。
事故に巻き込まれる可能性だってある、
そこのところをお繰り合わせいただけますようにと
お願いすることです。

お願いして、無事に済んだら
お礼です。
一日を通じてみて
ようもようも今日一日
お繰り合わせいただき
(いろいろとあったけれども)
お繰り合わせをいただけました、
そうお礼を申すことです。

そしてお願い。

これから休ませていただきます。
十二分に疲れをとっていただき、
明日もまた目を覚まさせていただき、
命をいただいて
様々なことが出来ますようにと...

その繰り返しです。

金光教の教師となるため、
養成機関に通い出してから、
実に8年
その繰り返しです。
(まだ8年...ですが)

めんどくさいなぁ
と思われるかもしれませんが、
習慣化すれば
呼吸をするようなものです。

呼吸がめんどくさい
という人はなかなかいないはず。

体にしみこませ、
とても大切なことだと思います。

礼がないから無礼となりますし、
お願いがないから張り合いがないのだと
感じております。

目に見えない神様、
その対象に
お願いし、お礼申し、
日々繰り返していく中で
何と張り合いのある毎日になるかは
私の短い稽古の中でも
実証済みです^^

どうも張り合いがないなぁ
と思われる方は是非!

甲斐ある命にどうぞ気付かれてください。
誰でも気付けます!!

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳