2014年11月27日木曜日

うぬぼれる性根

自信がないので
神様にお願いするのかもしれません。

うぬぼれる性根

もしかして
自信があったら
神様にお願いなど
しないのかもしれません。

以前は、
自信のないことを
難儀だと考えていました。

もう少し
自信があれば...
と考えたりもしました。

教祖様の教えられた
難はみかげ
という言葉の通り
自信がないことが
神様へ向かう
神様にお願いする
原動力になったことは
本当にそうだなぁ
と思います。

自信とは
自分を信じると書きますが、
信心を進めていくと
神様と自分との関係が
少しずつ
分かってきます。

その上で、
自分の中にも
神様がいらっしゃるのだと
気付かせていただけるのです。
(たましい:分け御霊様)

そうすると、
神様を信じることから
自分(の言動)を信じるようになり、
自分を信じることが
神様を信じることになるのです。

ですから
自信は出来てくるわけです。

その時が『落とし穴』だな
と感じるようになりました。

どん底まで落ちた人が
神様のおかげで
お繰り合わせをいただいて
何とか生きられるようになった。
自信もついた。
自信が出来たことで
もう自分(だけ)で生きていける
と思ってしまい
結果神様から離れていってしまわないとも限らない
ということを
自分の胸の内を
考えてみても
いよいよ怪しい
と感じるようになりました。

油断なきように、
どこまでも神様にすがる己でありたいと
切に願っております。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳




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