2014年11月25日火曜日

ご信心を伝えていくこと-死後への想像から-

ふと死後のことが
頭をよぎりました。

ご信心を伝えていくこと-死後への想像から-

その前は…
例えば老後…
その前、介護、育児、など、
あらためて
その先の死後のこと。

そのようなことが、
ふと頭をよぎりました。

死後のことは、
学生の頃からも
よく想像していました。
寝る準備をし、
布団に入ってから、
想像が始まります。
しばらくすると、
ブラックホール(のようなもの)に
吸い込まれるような、
意識が薄らいでいくような
そんな感覚を
何度も味わってきました。
想像の世界ですが。

ご信心させていただくようになり、
色々なことを教え導いていただく中、
自分という存在が
命をいただき、
そして
今日の命と想いながら、
生活をいただくようになりながらも、
またどこかで、
この先は…と
案じる自分がいます。
率直な感想です。

そして、ここ最近
死後のことが
頭をよぎった感想としては、
何か
「あっけなさ」を
つくづく感じたのです。
「えっ」っていうぐらいに。

「あ〜、今必死に苦しんでいたとしても、ゆくゆくは…」
という
少し冷めたような具合です。

ここで、
ここでです。
だったら…どうでもいいや
と諦めるのか、
それこそ死んだと思うて
わが人生を
と奮い立つ心になるのかは、
やはり
生きる目的
有る無しに
関わってくると
感じています。

今、私のやるべきことは。
今、私の出来ることは。

ご信心を進めさせていただけば、
自ずと、このことが、
見えてくると、
気付かせていただけると
思うのです。

やる必要ないと思っていたことの
必要性。
出来ないと思っていたことの
可能性。

必要ですし、
出来るのです。

それが…
ご信心を伝えていくことだと
感じています。

死後のことを
想像する中
そのようなことを
あらためて感じました。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳




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