2014年11月22日土曜日

受け入れられ突き放され整えられて

金光教の教えでもそうですが、
基本
そのままで良いのです。

受け入れられ突き放され整えられて

子育てでは、
「○○出来たからお利口さん」
「あなたは○○で良い子ね〜」
と、
○○が無ければ
存在価値すらなくなってしまうような
言葉を
いつの間にか、
かけてしまったり、
かけられたり、
そうする中で
思い込んでしまう人が
とても多いのです。

社会であれば、
もちろん求められます。
○○という
存在価値を。
それが家庭にも入り込んでいるのです。

そのままでいい、
ありのままでいい、
と、
これが母性ですね、
お母さんに包まれているような安心感は、
絶対的に必要だと思います。
お母さんは
○○がないと子供じゃない
とは思いませんから。

その安心感が第一なのですが、
反しての厳しさ
父性ですね。
生きていく上で、
父親の厳しさも
人が助かっていく上で
必要だということです。
突き放されていると
感じることも
あるのかもしれません。
父親は
見守っていることでしょうが。

受け入れられてからの
順序が大切ですし、
また母性は、
とても間違いやすいので、
○○が入り込まないように、
いるだけで…
今一度考えさせていただきたく
思います。

自分にしてみても、
そうだと思うのです。

気付いたら、
○○が入り込んで
しまったり…
または
受け入れられても
その先の厳しさは、
とか。

これでは、
心底、
人の助かりを願っていることに
なるのか、と
自問(自答)を
繰り返しています。

四代金光様は、
父母(ちちはは)も
子供とともに生まれたり
育たねばならぬ
子も父母(ちちはは)も

と、お歌を残してくださいました。

今出来ていなければ、
育たせていただきたく
思います。

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳




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