2014年11月21日金曜日

いただいている命と

今思い悩むのも、
今生きているから、
命をいただいているから、
この極論を
ふと思い出しては、
「そうだなぁ」と
命をいただいていることへの
御礼を申し上げています。

いただいている命と

死んでおればそれまでのこと
と二代金光様は
仰られました。
40まで生きたご自身の遺言に、
6歳の頃の生きるか死ぬかの出来事を
例えられてのことです。
『あのとき…死んでおればそれまでのこと』

私たちと言えば、
命を絶とう…と
思い詰める日もあるかもしれません。
全然不思議でもなく、
生きている証拠とも思えます。
けれども、
いつだって、
命をいただいていることに
思いがいってない
と思わせられます。

教祖様はよく
遊ばせていただいている
という表現をされました。
神様のお力をお借りしてです。

落ち着いて、
神様に心向ければ、
そのような感覚も生まれてまいります。

遊ばせていただいている。

思い詰めたときほど、
逆の思いに至るのではないでしょうか。
「もうダメだ」と。

遊びに
「もうダメだ」はありません。
やり直せば良いのです。

人生も
そのように思えたら楽なのでしょう。

いただいている命、
神様と
私。
そして縁ある人々…

いかがでしょうか。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳




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