2014年10月24日金曜日

どこにどのような

どれだけ心配りをしていても、
予期せぬこと、
計りしれぬこと
ということが
よくありますね(*_*)

どこにどのような

どれほどの
完璧主義者であろうとも、
全てを見渡すことには
限界があるのが
私たちかと思います。

それに加えて、
思いの至らなさ…というものも
持ち合わせているのですが(*_*)

いつだってこのことで、
比較することは
すごく申し訳ない気持ちに
なるのですが、
教祖生神金光大神様は、
どこにどのようなご無礼
お粗末があるか分からない

というので、
神様にお詫び尽くされたと
教え伝えられています。

どこにどのようなご無礼
お粗末があるか分からないのが
実際なのです。

ですから、いつでも
謙虚になればよいのに、
「私は間違ってない…」
で余計に苦しむのが
私たちかと思います。

謙虚になることは、
神様にだけ
ではありません。

私たちは
人間と、他人と共に
生活しているわけですから、
一人では生きていけないのですから、
(至る所でお世話になってます。一見、関係ないと思われるような方も、どこかで…)
自分以外の相手に対して、
神様に対してと
同じように謙虚になれたら
おかげになるのです。

分かってはいても…(*_*)
ですが、
出来る限りで、
どこでもどのような場でも、
謙虚になれるように、
日々お稽古させていただきたく
思います。

 この記事を書いた人
 須賀院 崇徳




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